送別の言葉

やがて組織も大きくなって秘書室ができると、優しい仲間たちに恵まれた。大会を成功させたいと熱い思いを持つメンバーに感化され、仕事に打ち込んでいく。その頃、水上さんは新たなパ―トナーと出会い、再婚した。

まもなく子どもを授かり、産休に入ることになる。4年もの間がんばってきた仕事を離れる際、上司からいわれた言葉が忘れられないという。

「上司が送別会を開いてくれて、『お前は強い女だな。俺の秘書で挫けなかったのはお前だけだ』と(笑)。その上司らしい言い回しではあるのですが……、そのときの私にとっては最高の賞賛であり、4年間が報われた瞬間でもありました」

肩肘張らずにやったらいい

育休中は慣れない子育てに奮闘するが、可愛い子どもと過ごす日々は穏やかだった。2019年4月にパソナへ復職すると、スタッフHR本部へ。全国で働く派遣スタッフの人事部として様々なサポートをする本部だ。2カ月後には教育企画チーム長に昇進した。

「初めはすごく肩肘張っていたと思います。子育てと両立してちゃんと仕事しなきゃと思ったり、実力以上にがんばらなければと焦ったり。でも、尊敬する元上司に相談すると、『肩肘張らずにやったらいいよ。周りが助けてくれるから』と言われたのです。私も困っていることがあれば部下に話し、一緒にがんばっていこうという気持ちになれました」

子育ても一人で抱えず、夫や実家の両親を頼りにしている。水上さんの母親は元婦人警官で、定年まで働き続けた先輩でもあり、「子どもと一緒にいなきゃいけないと考えるのは親のエゴよ。くよくよ考えずに働きなさい!」と力強く背を押してくれた。

「人を活かす」ということ

現在、水上さんはリレーションズ室長として、8人の部下を率いている。パソナで働く全国の派遣スタッフ向けに、年間100以上の講座やイベントを運営。婦人科検診無料受診やオンラインエクササイズなどの健康サポートから、育児・介護の相談窓口など生活面のサポートも行っている。そうした取り組みには、自身も派遣スタッフからスタートし、現場で多くのスタッフの声を聞いてきた経験が活かされている。

パソナグループの仕事は「人を活かす」こと。派遣スタッフという働き方を選ぶ人たちには、様々なライフスタイルや家庭などの事情もあるだろう。一人一人の立場になって、悩みにも寄り添ってきた水上さんは、「キャリア」についてこう考えている。

「私自身のキャリアを振り返ると、これをやりたいと思って選んできた経験はあまりなくて。むしろ、ご縁がつながって働かせていただいたり、予期せず秘書になってしまったり(笑)。その場、その場で何ができるかという自分の役割を考えて、努力したことが次へつながっている。キャリビジョンを持つことは大事ですが、流れに身を任せるというか、ご縁をいただいたところで自分がどう力を発揮していくかを考えることも新しい成長につながるような気がします」

自分もパソナと出会ったことで、人生を救われたと何度も口にする水上さん。そこで人との縁を大切にし、自分にできることをやってきたことが今につながっている。「あの予期せぬ4年の日々もムダではなかったかな」と、その声は晴れやかだった。

歌代 幸子(うたしろ・ゆきこ)
ノンフィクションライター

1964年新潟県生まれ。学習院大学卒業後、出版社の編集者を経て、ノンフィクションライターに。スポーツ、人物ルポルタ―ジュ、事件取材など幅広く執筆活動を行っている。著書に、『音羽「お受験」殺人』、『精子提供―父親を知らない子どもたち』、『一冊の本をあなたに―3・11絵本プロジェクトいわての物語』、『慶應幼稚舎の流儀』、『100歳の秘訣』、『鏡の中のいわさきちひろ』など。