歴史に名を刻んだ二つの出来事

政治とはまったく関係のない行為による効果だと考えると、驚くべきことだ。2019年の8月、テロの半年後にイスラム女性評議会でスピーチをしたとき、アーダーンはムスリムコミュニティのメンバーであるかのように大歓迎を受けた。事件直後のアーダーンの言葉とハグと存在そのものが、人々の記憶にはっきり残っていたのだ。

ニュージーランド国民は、自分たちの国でテロが起こるはずがないと信じていた。なのに、あのような事件が起こった。事件直後、国全体が軸を失ってふらついているかのようだったが、アーダーンがそれをしっかり支えた。

そして同じ年の12月、ホワイト島での火山噴火により22人の犠牲者が出たとき、アーダーンは同じように国を支えた。ほかのことはさておき、このふたつの出来事への対応によって、アーダーンは歴史に名を刻んだ。世界的な混乱と紛争の時代にアーダーンがしたことを、世界は決して忘れないだろう。

2018年9月、ニューヨークの国連本部で隠し撮りされた家族三人のありのままの姿。
写真=Don Emmert/Getty
2018年9月、ニューヨークの国連本部で隠し撮りされた家族三人のありのままの姿。

子どもを連れて国連総会に出席し、スピーチした最初のリーダー

しかし、どんなことでも、もっといい結果が得られた可能性はあるものだ。もしもアーダーン率いる労働党が、ピーターズ率いるニュージーランド・ファースト党との連立なしに政権をとっていたら、ニュージーランドはよりよい進歩をとげたのではないか。そう考えずにいられない人もいるだろうし、それを否定する人もいるだろう。

マデリン・チャップマン『ニュージーランド アーダーン首相 世界を動かす共感力』(集英社インターナショナル)
マデリン・チャップマン『ニュージーランド アーダーン首相 世界を動かす共感力』(集英社インターナショナル)

ニュージーランド・ファースト党との連立のおかげで、労働党は保守的な政策をとる口実ができたのではないか、と否定派はいうだろうし、肯定派は、労働党だけの単独与党なら国はもっとよくなっていたというだろう。アーダーンは、連立という制限がある中でさえこんなにうまくやってきたのだから、と。

世界にはいろいろなタイプのリーダーがいる。悪の権化として歴史に残るリーダーもいれば、際立ってよいことをひとつかふたつしたことで人々に記憶されるリーダーもいる。しかしほとんどのリーダーは完全に忘れられてしまう。

この先どういう展開になろうと、ジャシンダ・アーダーンが、在任中に出産した世界で二番目のリーダーであり、産休をとった最初のリーダーであり、子どもを連れて国連総会に出席し、スピーチした最初のリーダーである事実は変わらない。そして、クライストチャーチのテロ事件のあとに人間的で共感力に満ちた対応をしたことを、人々は決して忘れないだろう。

しかしアーダーンは、働く母親として、“優しい”リーダーとして、自らのレガシーを作りたいと思っているし、それを実現するつもりだ。

これからのアーダーンを全世界が見守っている。

訳=西田佳子

マデリン・チャップマン(Madeleine Chapman)
作家、ジャーナリスト

サモア、中国、ツバル系。スティーブン・アダムスのベストセラー自叙伝『My Life, My Fight』(Penguin Random House NZ)の共著者であり、2020年まで〈The Spinoff〉のシニアライターを務める。2018年ヤング・ビジネス・ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤー、2019年ユーモア・オピニオン・ライター・オブ・ザ・イヤーに選ばれる。北島のボリルアに両親と暮らす。