ちなみに、Mさんが、Lさんの不倫相手の妻が会社に怒鳴り込んできたとき、「Lさんはもう退職しましたから……」と上手に説明して追い返したという作り話を吹聴したのは、Mさんの願望の投影のように私の目には映る。Mさんにとって、自分の不倫の噂を広めるかもしれないLさんは排除すべき邪魔者であり、会社からいなくなればいいと思っていたからこそ、こういう作り話を言いふらしたのではないか。

邪魔者を蹴落とすための怪文書

このように自分にとって邪魔な相手を蹴落としたら得になると思えば、その相手を一段劣った立場にとどめておくために事実無根のネガティブ情報を流すことは、決して珍しくない。たとえば、大学の医学部の教授選が行われる前には必ずといっていいほど候補者の悪行を暴露した怪文書が飛び交う。だいたい金か女にまつわる悪い噂で、どこまで本当なのか、わからない。それでも、その怪文書のせいで大本命と目されていた医師が落選して、別の医師が教授に就任することもあるので、やはり効果があるのだろう。

怪文書が、知事や市長、議員などの選挙の前に出回ることもある。あるいは、ある候補者の悪行が週刊誌で報じられることもある。どこまで本当なのかと思うことも少なくないが、そういうネガティブ情報のせいで立候補を断念したり、落選したりすることが実際にあるようだ。だからこそ、選挙の前になると対立候補のスキャンダルを血眼になって探し、なければでっち上げてでも悪い噂を流すのかもしれない。

不倫の疑いをかけられ

似たような話はどこでも耳にする。たとえば、30代の男性会社員Oさんは、プロジェクトリーダーに抜擢されかけたが、上司から突然「残念だが、その話はなくなった」と告げられた。信じられなくて、理由を執拗しつように問いただしたところ、「君が取引先の社長の妻と不倫していて、それに気づいた社長が君に慰謝料を請求し、当社との取引を中止しようとしているというファックスが届いたんだ。大切なお得意様だから、君を抜擢するわけにはいかない」という答えが返ってきた。

まったく身に覚えのないことだったので、Oさんは「不倫なんかしていません」と釈明しようとした。だが、上司は「火のないところに煙は立たないからね。お得意様との間になるべく波風を立てたくないという当社の方針は、君もわかっているはずだ」と取り合ってくれなかった。しばらくして、Oさんの同期の男性がプロジェクトリーダーに抜擢されたので、この男性がファックスを会社に送ったのではないかとOさんは疑っている。しかし、その証拠はない。第一、ファックスの発信元を特定できない以上、Oさんとしては何もできない。