Lさんが無断欠勤したという事実無根の噂が流される少し前、Lさんは夏休みを取り、家族と一緒に避暑地のペンションに泊まってのんびり過ごしていた。そのとき、地元のレストランでMさんが取引先の社長と一緒に食事をしているのを目撃したのだ。

Mさんとはほとんど毎日顔を合わせていたし、取引先の社長もときどき会社に来ていて、顔だけは知っていたので、挨拶に行こうかと思った。だが、軽く会釈したLさんと目が合ったのに、Mさんは顔をそむけるようにして、その後そそくさとレストランから出ていった。

夏休みが終わって会社に出勤した際、LさんはMさんに「避暑地の○○でお会いしましたよね」と言うようなことはしなかった。同僚にそれとなく「あの取引先の社長は結婚していたっけ」と尋ねたら、「結婚しているわよ。あの人入り婿でしょ」という答えが返ってきたからだ。

Mさんは独身だが、取引先の社長が妻帯者であれば、不倫ということになる。避暑地は遠方にあり、泊まりがけでないと行けないので、仕事上の打ち合わせで一緒に食事をしていたという言い訳は通用しないだろう。だから、Lさんと目が合っても、Mさんは会釈せず、それどころか顔をそむけるようにしたのだと腑に落ちたので、一切触れないようにした。もちろん、Mさんと取引先の社長が避暑地で一緒にいるところを目撃したと言いふらすようなこともしなかった。

マニピュレーターが不安を感じたのかも

もっとも、Mさんからすれば不安だったのかもしれない。避暑地で取引先の社長と一緒に過ごしているところを、同じ会社のLさんに目撃されたのだから、そのことを言いふらされるかもしれない。取引先の社長が既婚者だということは社内では知られていて、不倫の噂が社内で広まる恐れもあった。だから、その信憑性が低くなるように、先手を打ってLさんが無断欠勤したという噂を流したとも考えられる。

それだけMさんの不安が強かったことは容易に想像がつく。だが、Lさんは、Mさんが不倫していることを言いふらしたわけではない。しかも、Lさんが休職すると、今度は出会い系サイトで知り合った男性と不倫という根も葉もない噂までMさんは広めたのだから、やりすぎのようにも見える。

わが身のためなら何でもする

とはいえ、わが身を守るためなら何でもするのがマニピュレーターである。Lさんには、Mさんの不倫を言いふらすつもりが全然なくても、Mさんは自分を基準にして考える。おそらくMさんは他人の不倫現場を目撃したら誰かに話さずにはいられない、いやそれどころか、できるだけ多くの人々に言いふらさずにはいられないタイプなのだろう。そういう人は、他人も自分と同じことをするはずだと考えやすい。だから、LさんもMさんの不倫を社内で言いふらすのではないかと危惧し、Lさんの話は信用できないという印象を与えるために、無断欠勤、さらには出会い系サイトで知り合った男性と不倫という事実無根の噂を流した可能性が高い。そうすれば、たとえLさんがMさんの不倫を社内で言いふらしても、誰も信用してくれないだろうから、結果的にMさんにとって得になる。