多忙な日々が続いたある日、保育園の先生に言われた言葉

「職場では子どもがいるから仕事が進まないと思われたくなくて、気を張っていました。あるとき保育園の先生に呼び止められ、『お母さん、今すごく忙しいでしょう。子どもは自分を映し出す鏡だから』と。子どもはぐずったり、泣いたりすることが多くなり、私のストレスが伝わっていたのだと気づかされたのです」

「馬好きの息子の影響で自分も馬が好きになった」と話す細田さん。時間ができると八ヶ岳に行って馬とのんびり過ごすそうだ。
「馬好きの息子の影響で自分も馬が好きになった」と話す細田さん。時間ができると八ヶ岳に行って馬とのんびり過ごすそうだ。

ぎりぎりの環境で働き続けることは家族にとって幸せなのだろうか。ひとり悩んでいた細田さんが働き方を変えたのは、2人目の育休後に異動したときだ。シェアオフィス事業の立ち上げに携わり、社員も多拠点にあるワークスペースを利用して空き時間を有効に使えるようになった。 

だが、チームリーダーを任され、メンバーをまとめる苦労も経験する。 

契約社員や子育て中の人など様々な立場で働く女性たちが多かった。

「私は彼女たちの気持ちもわかります。だからなるべく皆の意見を聞いて、それを反映する。それぞれ得意分野があるので、良いところを伸ばせるように配置して、モチベーションを高めるように心がけました」。そして21年4月、3度目の異動でグループ長になった細田さん。周りのグループ長は全員男性で女性は1人。オフィスビルの営業も初めてなだけに不安は大きかった。

1日のスケジュール

「部下に教えられることがない、頼りにならない自分に落ち込むばかり。チームに迷惑をかけてはいけないと思い、2人の部下に頼みました。『私にはオフィスビル営業の経験がない、どうか助けてほしい』と。正直に伝えて、何でも教えてもらうようにしました」

彼らは年下でも経験が長く、仕事に対する姿勢も厳しかった。「初めは怖い印象でしたが(笑)、優しい気配りをしてくださり、本当に助けていただいています」と細田さん。部のメンバーにも、この2人がとても頑張っていることをアピールし、本人たちにも「ありがとう」とお礼の言葉を欠かさない。

さらに部内で努めたのは「チームの一体感」を育むこと。最初に1人ずつ面談し、何か困っていることや課題を聞いたところ、個々のプレッシャーが大きいことに気づいた。営業職では個人の成績が評価につながるが、それだけを目標にしていると苦しくなる。皆で助け合いながら、チームとして成長していく意識を持ってほしいと考えた。

細田さんも仕事で悩んだときは周りの人に助けられてきた。新規事業の立ち上げの際には、経験豊富な他部署の上司に相談すると、時間をかけて仕事の進め方を指導してくれた。今は自分も他部署から相談を受ければ、全力で尽くす。それは社風にもつながる姿勢だ。

ピンチのときこそ

「前向きなチャレンジ精神が根づいていて、新しいことに挑戦する場を与えてくれる。時代の変化に合わせて、会社も変わり続けていくという気概に引かれますね」と細田さん。

グループ長になって半年余り。

「今はまだ転びまくっているので」と苦笑するが、後輩を応援しながら、自身の挑戦もまだ続いている。

細田 知子(ほそだ・ともこ)
三井不動産 ビルディング本部 法人営業二部 法人営業グループ グループ長
2000年に入社。商業施設本部、日本橋街づくり推進部、ビルディング本部ワークスタイル推進部での経験を経て、21年4月より法人営業グループのグループ長に着任。

撮影=小穴 啓介

歌代 幸子(うたしろ・ゆきこ)
ノンフィクションライター

1964年新潟県生まれ。学習院大学卒業後、出版社の編集者を経て、ノンフィクションライターに。スポーツ、人物ルポルタ―ジュ、事件取材など幅広く執筆活動を行っている。著書に、『音羽「お受験」殺人』、『精子提供―父親を知らない子どもたち』、『一冊の本をあなたに―3・11絵本プロジェクトいわての物語』、『慶應幼稚舎の流儀』、『100歳の秘訣』、『鏡の中のいわさきちひろ』など。