「兄」の存在が際立っている
『鬼滅の刃』熱が止まらない。漫画はすでに完結しているが、アニメ映画は大ヒットを記録し、テレビアニメも新章に突入。ますますその勢い旺盛である。ただし、私は『鬼滅』に冷めている。ひとつの原因は、熱っぽい家族愛の連呼にやや食傷気味だからだ。
少年漫画で近年、こんなにも兄弟愛の描写が登場するのはやや珍しい。大体において少年漫画の王道は血縁関係のない他者同士が疑似家族をつくるパターンが多いが、『鬼滅』はこれでもかこれでもかと兄弟愛を強調する。主人公はもとより、柱のメンツも鬼側も兄弟愛に寡占されている。
私の中で少年漫画における兄弟描写の白眉は『幽遊白書』の戸愚呂兄弟だが、『鬼滅』の中で登場する兄弟愛はもっとこう、庇護欲を搔き立てる情緒的なもので、兄の存在というのが相当数を占めている。
現実はサバサバした兄妹関係のほうが多数派ではないか
このあたり、近年はブラコン・シスコンものが少女漫画界隈に跋扈しているから、女性ファンの琴線に触れたのかもしれない。炭治郎は半鬼化した中間存在である禰豆子を背負って戦うのだから、その熱情は相当なものである。
『機動戦士ガンダム』ではシャアが実妹のアルテイシア(セイラさん)に何かと厄介を焼くが、そもそも連邦とジオンの敵同士で日常の密接はない。『超時空要塞マクロス』(TVアニメ版)ではミンメイが従兄のカイフンに懐いているが、お互い独立した人格であり、一方的な庇護は存在せず、思想的共通点も薄い。それに比して炭治郎の妹への庇護欲は異様なほど強く、これをもって理想の兄といえばそういえようが、実際にクリーチャーになった妹を肌身離さず保護するというのは行きすぎてはいる。
私には7歳年下の妹がいるが、一言でいえばものすごく疎遠でここ5年でまともに会話した記憶がない。妹の誕生日も知らないし、何をしているのかもわからない。辛うじて電話番号は知っているが実際に電話したことはほとんどない。妹が何を考えているのかもわからないし興味がない。
こんな疎遠すぎる兄妹関係は異様なのかもしれないが、これにほぼ近似する兄妹関係はむしろ多数派ではないか。いやむしろ多数派だからこそ、異様な庇護欲を持った炭治郎が魅力的に映るのであろう。新時代の主人公像の誕生といえなくもない。『男はつらいよ』のフーテンの寅さんですらも、妹のさくらを24時間構っているわけではない。エポックといえばエポックな主人公である。