「せっかくかわいく産んだのに、おまえはどんどんどんどん醜くなっていく」

中学生になると、母も勉強に口出しできなくなり、今度は私をののしるように。母にしてみれば、私が離れていくのが不安だったのでしょう。大人になっていく私に嫌悪感を抱き、「せっかくかわいく産んだのに、おまえはどんどんどんどん醜くなっていく」と毎日言われ続けました。下剤入りの飲み物を飲まされたこともあります。医学部に進学しても、医者になっても、結婚しても、母が喜ぶことはありません。一方で、薬物依存はますますひどくなり、次第に父に手を上げるように。私もそんな母を見ていられず、家族と距離を置くようになりました。

「自分が何をしたいのかわかりませんが、不幸を嘆いても仕方がありません。今を丁寧に生きていくだけ。今が正しかったのかどうかは10年後にわかりますから」
「自分が何をしたいのかわかりませんが、不幸を嘆いても仕方がありません。今を丁寧に生きていくだけ。今が正しかったのかどうかは10年後にわかりますから」

依存症の母を父に押しつけている後ろめたさを感じているなか、2003年、父を亡くしました。母はその10年後、心臓発作で亡くなりました。第一発見者は私。孤独死でした。父は亡くなる前、「いい娘を持って幸せだった」と言ってくれましたが、残念ながら母は亡くなるまでやさしい言葉を掛けてくれることはありませんでした。

母の勧めで医者の道に進みましたが、決して自分が切望して就いた職業ではありません。母を怒らせないように生きてきた結果なので、これが正解だったのかわかりません。自分ではいまだに答えを出せないのです。生きづらいけれど仕方がありません。目の前のことを毎日コツコツ丁寧に繰り返していくだけ。そうしていれば、次につながり、人生は開けていくと思うのです。

3年ほど前から、矯正医療に携わっています。矯正医療とは、犯罪者を収容する矯正施設で行われる受刑者への医療のこと。お話をいただいたとき、私の経験が生かせる仕事だと直感しました。犯罪の根底にあるのは“依存”。母の依存を目の当たりにしてきた私だからこそ、適切な医療を施せるのではないかと思っています。矯正医療で大切なことは“笑うこと”。日本で初めて“笑いの体操”を取り入れ、いつの日か再犯率が下がることを期待しています。

私は母に似ているんです。本当は笑うのが苦手で、自分嫌い。こんな私がよくテレビに出る仕事をと、自分でも感心するほど。そんな私だからこそ、人前に出ているのかもしれませんが。今は、ご縁に身を任せ、精いっぱい生きるだけ。今を一生懸命生きた結果が、10年後に現れるはず。10年後が楽しみなんです。

構成=江藤誌惠 撮影=国府田利光

おおたわ 史絵(おおたわ・ふみえ)
総合内科専門医/法務省矯正局医師

東京女子医科大学卒。大学病院、救命救急センター、地域開業医を経て2018年よりプリズン・ドクターに。医師と並行して、テレビ出演や著作活動も行っている。著書に、薬物依存だった母親との関係を描いた『母を捨てるということ』(朝日新聞出版)や、矯正医官として“塀の中の診察室”の日々をユーモアに綴った『プリズン・ドクター』(新潮新書)などがある。