自動運転は「目的」ではない

しかし、ぶつからない車であっても、飛んできた鳥、投げられたボール、突っ込んできた人や車を避けることはできない。対面交通で、反対車線を走っている車が突然、ハンドルを切って突っ込んできたら、避けることはできないのである。

無人車の後部座席から見たコックピット
写真=iStock.com/metamorworks
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大きな人身事故につながるような事故を起こさないようにするには車が発達したり、システムが進化するだけでは不可能だ。車だけでなく、道路の形態を変え、交通規則も変えなくてはならない。

ウーブン・シティの目的とはそれだ。つまり、対面交通をなくすことにある。そうすれば落命するような交通事故は起こらない。そういう町は今、世界のどこにもない。

自動運転、MaaS、パーソナルモビリティ、ロボット、スマートホーム技術、AI技術などの導入は手段だ。目的ではない。

ウーブン・シティの目的とは事故が起こらない町で幸せに暮らすことだ。そして、自動運転やAI技術で他社に先んじることよりも、事故のない町を作ることの方がサービス業としては優れている。

トヨタがモビリティサービスの会社になる第一歩は、ウーブン・シティの完成からだろう。

日本は交通ルールを一夜にして変えた経験がある

ウーブン・シティの完成には、ひとつのヒントがある。

1978年、日本は世界史上、一度しかない大きな交通革命を実現させた。当時、人口が97万人だった沖縄県において、一夜のうちに、自動車の対面交通を変えたのである。それまで同地ではすべての車が道路の右側を走っていたのが、一瞬で左側通行に変わった。

「730(ナナサンマル)」と呼ばれる交通規則の大変更で、1978年の7月30日に変わったために、沖縄ではそう呼称された。

戦後、沖縄はアメリカに統治されていたから車は右側を走っていたのだが、それを日本の交通規則に合わせて、真夜中に左側通行に変えたのだった。大きなシステムの変更だったにもかかわらず、大事故は起こらなかった。渋滞が発生したり、交通指導員が車に撥ねられたり、車同士の接触事故はあった。しかし、正面衝突のような大惨事はなかったのである。

日本はかつて、それだけの大きなプロジェクトをやることができたのだから、知見を集めればウーブン・シティはできる。道路と交通規則を革新する町になりうる。ウーブン・シティの目玉は新技術ではなく、いかに事故のない安心で安全な町を作ることができるかという実験だ。

もし、そうしたことができれば、ウーブン・シティは新しいトヨタの製品として日本の各地と世界各国にそっくりそのまま販売することができる。自動車製造よりも規模が大きく、かつ成長性のある新事業と言える。