データでは見えないものを見よう

先ほど「データで示せ。でないと信用できない」というご指摘があったという話をしましたが、思考パターンや行動パターンから教訓を抽出する作業は、実は定性データの分析の方が適しているというのが私の実感です。

これは、定量データがどうでもいいということではなく、私も雑誌の取材でアンケート結果を見て分析したことは何度もあります(たとえば年収の違いによる行動パターンの対比とか)。

しかし「なぜそうしたのか」という、判断の根拠となった行動原理を想像しやすいのはやはり行動観察からです。

たとえば「富裕層の8割は長財布を持っている」というデータがあったとして、では自分も長財布に変えれば富裕層になるかというと、なるはずがない、というのはおわかりいただけると思います。

「きれいにお札を並べ、レシートやカード類も整理しているから」というのも理由としては不十分で、「金銭管理をきちんとする習慣ゆえに、それが生活の全方位に発揮され、ついでに財布の中も整理されている」わけで、長財布は結果にすぎないのです。

だから結果を見たところでほとんど意味はなく、「なぜそうしたか」を探る作業が必要で、それには個別の人の行動をじっくり観察する必要があります。

定量データに潜む罠

さらに、定量化すると平均化され、突出した人の突出した傾向が埋もれやすくなります。

突出しているがゆえに例外として切り捨てられることになります。前回のコラムでは、昨今は現金も財布も持ち歩かない若手富裕層が出始めていることを紹介しましたが、全体としては少数派でしょう。しかしそれが、将来の多数派になる可能性を秘めているとしたら?

私はこれまで何百人もの起業家・経営者・成功者・富裕層と関わってきたので、少数のパターンからでもその行動原理はおおよそ推測できるし、聞けば教えてくれるのでそれを抽象化して解釈するのはさほど難しいことではありません。

だから最近交流を始めた若手富裕層・成功者の二十数名程度のサンプル数でも十分なのです(そもそも「若手」でかつ「富裕層」という人は絶対数が少なく、そういう人と接点を持つのは簡単ではありません。たまたま仕事上で出会うとか、誰かの紹介とか、わりと偶然に左右されることもが多いのも事実です)。