孤立、そして妻の「モノ化」

この事件を段階的に分析すると、フェミサイドの典型的なプロセスが見えてくる。

2人は熱愛カップルだったが、妻はそのべったりした関係の中で、自分の交友関係や自分の家族との関係を次第に手放していく。子どもができてからは人里離れた場所に引っ越し、地理的にも孤立。妻は仕事を辞めて育児に専念し、ついに社会的な生活が皆無になってしまう。「偏執的に嫉妬心が強い男性」である夫との関係だけに依存し、その支配下に入ってしまった。これが第1段階である。

第2段階は女性パートナーの「モノ化」である。外界との接触を失い、自分の状況を客観的にとらえることができなくなった妻は、事態を明晰に判断し自衛する能力や批判精神を失う。こうして妻は、夫が好きなように変形し、取り扱える「モノ」になっていく。着るものを指図し、言動を制限され、時間を管理されても、彼女自身が「うちの夫はちょっとおかしくないだろうか?」と思わなくなってしまう。

一度支配関係が定着し、自分でも「私は彼のモノ。それで私も満足」と思ってしまうと、友人に「あなたの夫って、そこまで介入するの? ちょっとおかしくない?」と言われても、「夫の悪口言わないで。私たちはこれでいいの!」などと逆ギレするようになる。本当であれば、こういう少々図々しい友人や周囲の人々こそが必要なのだろう。レティシアさんの場合は、それが同僚であり人事課部長であったが、何分にも遅すぎた。

妻が自分から離れることが耐えられない

そして第3段階目が殺害、自殺だ。フェミサイドの加害者の多くは、自己愛が強く、自己中心的だが、意外なことに、捨てられることに対する恐怖も人一倍強いという傾向があるらしい。妻が自分なしの人生を歩むのを見ることは、想像を絶する耐え難い喪失感を伴う。そして、別離を受け入れるよりは、殺害してでも自分のモノにすることを選択するのだという。

法廷医師でCHUポワチエ精神科医のアレクシア・デルブレイユ医師は、ル・モンドの記事の中で「この『別離の拒否』は男性に特有。男性が加害者となるパートナー殺人の70%が別離を原因として起きている。反対に女性が加害者になるパートナー殺人の場合、別離が原因となることはほとんどない」と語っている。

また、別離に伴う喪失感を回避するために、殺害後に加害者が自殺するケースも多く、40%に上る(うち30%が自殺、10%が自殺未遂)。2019年にオーリアック市で起きた事件では、加害者は、妻から別れを告げられた後、彼女の勤務先である中学校に行き、校門から出てきた妻を猟銃で殺害。直後に自殺した。車の中には、花束と、「愛する人よ、君を殺すのではない。僕と一緒に連れて行くんだ」と書いたメモ、結婚式の写真が残されていたという。