子どもの脳にダメージ与える「マルトリ」
私は、育てられた環境によってこころや脳にダメージを負った子どもたちの治療やこころのケア、育児に悩む親たちの支援を行っていますが、普段は「虐待」という言葉はほとんど使いません。虐待よりももっと広い概念である「マルトリートメント」、略して「マルトリ」に着目しています。これは日本語で「不適切な養育」を意味していて、マルトリが続くと、子どもの脳を物理的に変形させるほどのダメージを与えることがわかっています。マルトリの中の、もっとも典型的なケースが「虐待」だと言えます。
外出自粛や休校が長引く中では、虐待に行かないまでも、こうしたマルトリがどこの家庭でも起こっている可能性があります。「普段なら一度怒るだけのことを、何度も繰り返し怒る」「イライラして子どもに八つ当たりしてきつい言葉を浴びせる」「仕事や家事に追われて、子どもが話しかけても聞いてやらない」「子どもが嫌がっていることを、『あなたのためだから』と続けさせる」などもマルトリにあたります。
もちろん、マルトリの経験がない親はいません。誰でも、心当たりはあるはずです。こうした行為がエスカレートしないようにしてほしいと思います。
親も子どもも「自分のスペース」を確保して
重要なのは、まず、親がストレスを減らすことです。親からストレスを取り除くことが、子どものストレスを軽減することにもつながります。
日本の住宅事情では簡単なことではありませんが、親も子どもも、狭くてもいいので1人になれるスペースを持つといいでしょう。いつも同じ部屋にいると、お互い息が詰まります。個室がなくても、台所と寝室など別の部屋で過ごしたり、同じ部屋であっても、カーテンや棚などで仕切って個々のスペースを作ったりするのです。子どもにも子ども自身の世界があるので、子ども部屋がなくても、子ども専用のスペースを持たせる工夫をしてみてはどうでしょうか。押し入れでも喜ぶと思いますよ。
身体的距離は取りながら、社会的距離は近付ける
通常であれば、「家族や親戚、友達、ご近所さん、NPOやさまざまな子育て支援機関にSOSを出して、家庭だけで子育てを抱え込まないで」と言うところですが、外出自粛が続く中では非常に難しい。それでも、インターネットなどを使ってできるだけ外とつながり、外部の力を借りてほしいと思います。SNSやメール、テレビ会議ツール、電話などを使って子育て相談を受けている自治体やNPOがあるので、活用してください。
「ソーシャルディスタンシング」(社会的距離拡大戦略)と言われますが、「フィジカル」(身体的)な距離を取りつつも、こういう状況だからこそ「ソーシャル」(社会的)な距離はむしろ近付けることが必要です。マルトリを防ぐためには、子育てを家庭だけで抱え込まない方がいいのです。