なぜ麻生氏にとって「死活的な課題」なのか
麻生太郎という人がよくわからない。政府は皇族数の確保に向けて皇室典範改正を今国会で目指している。それは「①女性皇族が結婚後も皇族の身分を保つ」と「②旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える」なのだが、②が高市政権下でグイグイと力を得たのは、麻生さんがいたから。だって高市政権をつくったのは麻生さんだし、国会で各党の意見を取りまとめた森英介・衆院議長はそもそも麻生派の大幹部――という筋はわかっている。
森さんら衆参両院の正副議長は6月22日、政府の改正案骨子を了承した。
参考:朝日新聞「皇室典範改正案の骨子、正副議長が『了承』 要綱は25日に再協議」
だけど、なんで麻生さんはそれほど男系男子にこだわるのか。それがよくわからない。
自分の派閥の会合で、「皇室典範改正は死活的な課題だ」と言い(4月16日)、安定的な皇位継承に関する「立法府の総意」がとりまとめられた後は「長い年月がかかったが、ようやくここまでたどり着いた」(6月11日)と言っている。意気込みを強く語り、それが果たせそうだとしみじみしている。
参考:時事通信「皇室典範改正『死活的な課題』 自民・麻生氏、今国会実現に意欲」
だけど、なぜ死活的なのか、なぜ「ここ」にたどり着く必要があるのか。しみじみの前提となる「思い」がわからない。
著書を読んでも「皇室観」は見えない
推測は可能だ。初等科3年から大学卒業まで学習院に通い、妹は三笠宮寬仁親王妃だ。皇室というものがごく身近にある。だけど、身近でも「男系男子」にこだわらない人もいるだろう。ただまあ彼の場合、生まれた時から麻生グループの御曹司で、ずっと「(すごく高い)お山の大将」だ。「現状」に疑問を感じることのない環境にいるから、「現状維持→伝統→ブラボー」になる。
といった推測でなく、本当のところが知りたい。そう思い、彼の著書『祖父・吉田茂の流儀』(2000年刊)を手に取った。祖父を通して皇室観が見えてこないかな、と思ったのだ。
読んでみたら、彼の母・麻生和子さんの著書『父 吉田茂』(1993年刊)と茂本人の著書『回想十年』(1957、58年刊)に頼るところが大きい本で、祖父の思い出はさほど多くない。だから読後も麻生太郎という人が際立ってこない。
皇室については、「終生を『臣茂』として生きて」というタイトルで書かれている。少し思い出に触れた後、1952(昭和27)年に明仁親王(現在の上皇さま)の成年式と立太子礼が行われたときに、総理大臣だった吉田茂が祝いの言葉で自分のことを「臣茂」と述べ、それが民主主義に反すると議論の的になった、という話を書く。そして、茂の反論を紹介する。