360度評価は、なぜリスクが大きいか

それでは、一つひとつ検証していこう。まずは360度評価だ。

いわゆる多面評価であり、上司、同僚、部下など、立場の異なる複数の評価者が、対象者の管理職としての能力を明らかにする評価手法だ。直属上司には観察しにくい対象者の特性が把握でき、人物評価の信頼性・妥当性を高められるとされる。

まず、同格職位同士の評価、つまりA部署の課長をB部署の課長が評価する場合を考えてみよう。これは一見問題が無いように見えるが、A部署はB部署に責任がないために、単なる評論家的コメントになってしまう傾向がある。この場合、管理職としての現状とあるべき状態とのギャップを見いだす、という本来の目的を果たせない。参考程度になることはあっても効果は限定的だ。

「部下が上司を評価」はなぜ問題か

さらに問題なのは、部下が上司を評価する場合、

①責任を負わないのに評価権限がある、という矛盾
②そもそも“管理職としての能力”に評価を下すことは管理職リテラシーのない者には困難である
③評価対象の管理職を評価するさらに上の上司の責任放棄となる

以上3点の危険性が組織パフォーマンスをさげてしまう。

①はチーム全体の結果を負っている管理者が下すさまざまな意思決定は、メンバーにとって心地よいものばかりではない。ただ、全体の最終的な結果責任を負っているからこそ方針やルール、戦略の決定権限をもっているという構造上、下は上を評価できない。部下に上司の評価をさせるという作業自体、組織構造、特に指揮系統に異常をきたす危険性があるため注意が必要だ。

②は問いに答えるための知識経験がないため、結局は好き嫌いという別の尺度による評価コメントが繰り広げられることになる。360度評価を管理職評価のメインに据えている場合、査定にも影響することとなり、管理者は部下に好かれることも自身に求められる成果として考えなくてはならなくなる。この場合、本来組織パフォーマンスをあげることで評価されるべき管理者は、ある種相反する目標=部下に好かれること、を念頭に置かなくてはならなくなり、真逆のベクトルに向かって同時に走らなくてはならなくなる。

③360度評価が常態化すると対象の管理者を管理、育成する責任を負っているはずのさらに上の上司が責任を負っていない錯覚を起こす。

まとめると、やはり組織内の「評価者(上司)は常に一人」の原則を貫かなくては上述した不具合を回避することは難しい。どうしても導入する場合には、そうしたリスクをしっかり把握することと、高度な運用スキルをもつことが組織全体に求められることになる。部下や左右同位置からの評価を「事実」と「見解」に分けて整理し、「事実」のみにフォーカスして管理者として求められる水準とのギャップを気づかせていく必要があるからだ。