北京五輪の屈辱を南アの大舞台で晴らす
サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会はいよいよ、6月11日に開幕する。日本代表の愛称が「サムライ・ブルー」。その象徴は、『武士道』を愛読書とするエースストライカー、岡崎慎司(清水エスパルス)である。
年俸が3500万円(推定)。プロとして高くはない。身長は174センチと小柄で、足もさほど速くはない。でも泥臭くひたむきに走り回る。相手より半歩でも先にボールに到達しようと心がける。特に頭から飛び込むヘディングシュートにかける。モットーが「一生ダイビングヘッド」。
W杯メンバー決定の際、チームの演出として、模造刀を手にポーズをとった。「自分のすべてを南アフリカで出す。ひるまず、おそれず、サムライ魂を発揮する。必ず結果を出して、世界を驚かせたい」。代表チームの目標が夢のまた夢の「ベスト4進出」。そのために「3ゴールをとる」と言いきるのだった。
ぼさぼさ髪で濃い眉毛と力のある細い目。朴訥とした語り。24歳はどこか野武士を思わせる。そういえば、6年前のJリーグ清水エスパルスの入団会見のとき、こう言っていた。「清水のサムライになる」と。
プロ1年目の入団当時は「FW8人の中で8番目の選手だった」(長谷川健太監督)という。つまり下手くそだった。でも努力の天才は練習に明け暮れる。とにかく上手く強くなりたかった。走りだしを強化するため、陸上専門家の指導もあおいだ。
スタジアムの更衣室ロッカーにはいつも新渡戸稲造の『武士道』や自己啓発本を入れていた。サムライの精神は、自己犠牲、そして最後まであきらめないことにある。ちなみに1歳の長男の名前が「刀也(とうや)」、好きな映画が「ラストサムライ」。3年目でレギュラーの座をつかみ、2008年8月の北京五輪に出場し、同10月のアラブ首長国連邦(UAE)戦でA代表デビューを果たした。
「点がとれなくて悩んでいる時期もあって、トントン拍子のサッカー人生ではなかったと思う。でも常に前向きな気持ちでいられたから、ここまでこられた。自分のがんばりも少しはあるけど、それよりも環境や周りの選手がいたからこそです。いろんな人に感謝しています」
昨年は日本代表で16試合に出場してチームトップの15ゴールを挙げた。ディフェンス裏への飛び出しが早く、どんなに低いボールがきても頭からダイブする。擦り傷や鼻血など茶飯事なのだ。南アでもプレースタイルは変わらない。
初のW杯。雑草系ポジティブ男の心がはやる。
「やっぱり気持ちのいいダイビングヘッドを決めたい。90分間、走り回って、ニアでゴールをとります」
まず第1戦のカメルーン戦(6月14日)。「アフリカ勢とは何試合もやってきている。バラバラのディフェンスラインだからスキができると思う。裏に抜けて、点をとるイメージはできています」。
もちろん世界の壁はぶあつく高い。日本はこれまで、自国開催以外のW杯で5敗1分け。勝ち星がない。確かに「4強」という目標をぶち上げるのは無謀ではある。でも勝負の世界、何が起こるかわからない。
一次リーグの他の相手はオランダ、デンマーク。「運動量」が番狂わせのポイントとなる。岡崎も先頭で走り回るつもりだ。
「攻撃のねらい目をどう突き詰めていくのか。自分だったら、早いクロスだったり、コンビネーションだったり……。チームとして連動していくことが大事でしょ」
じつは目標の「3ゴール」は訪問先の地元小学校で約束したものである。無得点に終わった北京五輪の屈辱を南アの大舞台で晴らす。
「自分が結果を出すことで、子どもたちの励みになれたらいい。夢をつかむまでゴールをあきらめない。その思いを伝えたい」
最後に武士道の7つの徳目でW杯のテーマを表すと?
「難しいですね」と少し笑って、答えた。
「勇です。勇気の勇」
いざ、決戦の地へ。子どもたちを元気にするため、サムライが世界の強豪を一刀両断にする。
※すべて雑誌掲載当時