既存商品とカニバらないのか

一方で、私たちマーケッターは、よく「カニバる」という言葉を使います。

「共食い」を表す「カニバリゼーション」から派生した言葉で、複数の自社製品やブランド同士が競合関係に陥り、市場シェアを奪い合ってしまうこと。

一般には、Bという新たな商品やサービスを生み出した際、「確かにBは売れるかもしれないけれど、結果的には既存のAの顧客を奪って、共食い状態になるのでは?」と社内から懸念の声が上がる事態が、少なからず起こり得ます。

資生堂の場合も、百貨店等の店内に設けられた既存の美容カウンターには、毎日多くの顧客がやって来る。極端に言えば、もしオプチューンが今後、何十万人、何百万人というユーザーを獲得すれば、店頭の顧客はどんどん奪われてしまうかもしれません。

「意識高い系」と「そうでない系」の棲み分け

ですが同社は、既にその棲み分けをしっかり考えています。

近藤さんによると、「長年、弊社の美容カウンターに通い、美容液やクリームはこうやってつけましょう、などの美容法を丁寧に守ってきてくださったお客さまは、オプチューンのユーザーとはほとんどバッティングしません」と言います。

というのも、オプチューンのメリットの一つは、先に挙げた「時短」です。

すなわち、マシンに2回手をかざすだけで、その日の自分の肌状態に合ったスキンケア(保湿液)が自動的に出てくる。このことは、毎日慌ただしく時間に追われ、しかも肌の手入れに関して「意識高い系」とは言えない私のような女性にとって、大きな魅力です。

半面、「マシンに手をかざすだけ」ということは、自分であれこれ新商品を試したり、じっくりお手入れを楽しんだりしたい女性にとっては、物足りないかもしれません。

社内の反対意見を説得し、新規顧客を捕まえるには

オプチューンがサービスの本格展開を開始する前、ベータ版をスタートさせた際も、資生堂の既存顧客の一部には「やはり私はいままで通り、じっくりスキンケアを楽しみたいから」と、元の愛用ブランドに戻った女性もいた、と近藤さん。

逆に、オプチューンを通じて同社の新規顧客になったユーザーは、継続意向が強いそうで、「予想どおり、しっかり顧客の棲み分けができたと実感しています」といいます。

一般に、Bという新たな商品やサービスが世に出る際、企業によっては既存のAとの「カニバリズム」を危惧して、社内で反対意見が出ることも少なくない。私もそうした現場を、数多く目にしてきました。

ですが資生堂のように、既存のAとBの顧客(またはターゲット)の違いを、社内外にしっかり伝えることができれば、「カニバる」リスクを抑えられるうえ、新規の顧客を掴まえることも可能になる。

時代は変わり、この先も技術や人は進化し続けます。世の中の変化や進化をしっかり受け止め、様々なタイプの顧客の悩みに、いかに寄り添うことができるか。その姿勢こそが、令和を生きる企業の明暗を分けるのではないでしょうか。

写真=iStock.com

牛窪 恵(うしくぼ・めぐみ)
マーケティングライター、世代・トレンド評論家、インフィニティ代表

立教大学大学院(MBA)客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)ほか多数。これらを機に数々の流行語を広める。NHK総合『サタデーウオッチ9』ほか、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。