開発20年のベテランが陥った落とし穴

「商品開発の最大のリスクは誰も欲しくないものをつくることです。当たり前のことのように聞こえますが、20年も開発の仕事をやってきた人間がそれをやってしまったのかと」

消費者を見ているつもりで見えていなかった。それに加えて、失敗の原因はもう一つありました。

「この商品は『結局、誰が使うものだ?』という軸足が抜け落ちていたのです。メンバーで議論をした結果、宿題を課せられている子どもに『イヤだけどやらなければいけない』のではなく、『楽しんでやりたい』と思えるものにしよう、と方向転換しました」

「見守りペン」の発想は、一見なるほどと思いますが、引いた視点で考えると「親や保護者」の目線でした。そうではなく「やる気ペン」という「子ども目線」に軸足を変え、そこに親や保護者の目線も加えたのです。方向転換してからも「これを搭載しよう」という追加機能もいくつかありましたが、欲張らずにシンプル設計にしていったそうです。

「消費者を置き去りにして、機能優先で進んでしまうのは『開発者あるある』だと思います」と苦笑いする中井さん。「どこかに日本初のIoT文具を出したいと急いていた部分もありました」

確かによく聞く話です。筆者も多くの取材をする中で、あまり消費者には関係なさそうな、細かいこだわりを「この部分をこう改良したのは世界初です」といった例も何度か聞いてきました。こうして消費者は置き去りになってしまうのです。

解決すべき課題は「現場にある」

さまざまな業務を抱えて仕事をこなすうちに、活動の本質が見えなくなることは、よくあるのではないでしょうか。

こうして行き詰まった時、何をすればよいのか。基本は「原点に返る」ことでしょう。今回の活動も「誰を幸せにするのか」という原点に戻ったのです。

今回、もうひとつ興味深かったのは、「ユーザーを理解するには、生活の周りを含めて観察することが大切」(中井さん)という話でした。そのためモニターに協力してもらい、家庭学習の光景を動画で撮って50本以上提供してもらったそうです。

「子どもは興味が持てないことにはすぐあきる。大人はそんな姿にいら立つというのも、動画で実感できました。中でも印象的だったのは、本当にあきっぽい男の子。社内プレゼンでこの動画を見せたら、全員一致で『この子を幸せにしよう』となりました」

開発開始から1年後に行き詰まった時、中井さんは「当時は会議室ばかりで議論していた」と反省します。そして開発を振り出しからスタートすることを決めたあの日から、視聴覚室にこもって家庭での子供の映像を集中して見るようになったと言います。

「家庭での幸せなユーザーの日常は仕事場とは相いれない部分があり、なかなか観察に没入できなくて(笑)。上司が目の前にいる環境ではちょっと……」