夏休み前に発売され話題となっているコクヨの「しゅくだいやる気ペン」。鉛筆に取り付けることで勉強時間が見える化される商品だ。開発担当者に発売まで3年間の奮闘を聞いた。プロジェクト開始から1年が過ぎたころ、開発を一旦白紙に戻す大失敗があったという――。
コクヨ 事業開発センター ネットソリューション事業部 ネットステーショナリーグループ・グループリーダー 中井信彦さん

サイトへのアクセスは予想の10倍

7月17日、事務用品・家具メーカーのコクヨから「しゅくだいやる気ペン」という商品が発売されました。

「家庭学習の習慣化をサポートする」――を掲げ、鉛筆にデバイス(装置)を取りつけて使うことで、子どもの勉強への取り組みをアプリで「見える化」する。いわばIoT文具です。さまざまな仕掛けがあり、イラストの「やる気の木」が育ったり、カレンダーやグラフで「日々のがんばり」を表示したりします。

ちなみに価格は4980円+税。小売店での販売はせず、購入希望者はコクヨの公式サイトから買う商品となっています。サイトへのアクセスは予想をはるかに上回り、1日分の在庫が数時間で売り切れることもあったといいます。

IoT商品の開発は、今はどの企業でも力を入れる分野のひとつです。人気商品となった「しゅくだいやる気ペン」の成功の秘訣を探ろうと取材したところ、商品開発の現場で起きがちな大失敗もあったことがわかりました。

あきっぽい子どもを「幸せ」にしたい

「この商品で最終的に目指したのは、あきっぽい子どもに楽しく使ってもらうことでした。私にも小学生の娘と息子がいます。早く帰った日や休みの日はゲームばかりしており、その横で母親が『宿題は終わったの?』とガミガミ言っていた。子どもの生活実態はイメージできました。親と子の関係性も意識し、進捗状況と向き合える機能も設けています」

商品開発を主導したコクヨの中井信彦さんはこう説明します。完成までに紆余曲折はありましたが、子ども向け商品なので機能はシンプルにしたそうです。

使い方は、まずつまようじなど細い棒でボタンをスライドして「初回スイッチオン」にした後、本体に鉛筆を差し込みます。そしてスマホにダウンロードしたアプリを立ち上げ、初期登録をする――といった流れ。セッティングまでは大人が行い、子どもに渡します。商品に同封される「使い方キット」のほか、2分程度の使い方動画も公開しました。

忖度しない子どもたち

「発売にさきがけて、6月にモニター調査もしました。86人の親子モニターさんに事前に商品を使ってもらい、感想を聞いたのです。結果は、『子どもが進んで家庭学習をするようになった』という回答が約8割。『子どもをほめる回数が増えた』の回答が約9割ありました。開発の軌道修正をしてから、商品内容には自信がありましたが、忖度しながら言葉を選ぶ大人とは違い、子どもは、使い勝手が悪ければハッキリ言う。この調査前は正直言ってドキドキでした」と中井さんは本音を明かしつつ、こんな感想も。

「子どもは興味を持てば、すぐにリアクションがある。達成してごほうびがあるのにも素直に喜んでくれます。実際に開発して、IoTといえど、この商品は“文具”なのだなと思いました」

今でこそ笑顔で語りますが、一時は「開発中止か」というところまで追い込まれたそうです。

3年前に「IoT文具をつくろう」とスタート

中井さんの所属する事業開発センターは、文字どおり「事業」を「開発」する部署。所属グループは「ネットステーショナリー」なので、インターネットも意識して文具を開発します。既存事業からの“しばり”はないのですが、基礎研究をする研究所ではなく事業なので、一定の期限内に商品としてカタチにしなければなりません。

「IoT文具をつくろう」とスタートしたのが3年前の2016年夏。文具+センサーという構想は当初からあり、「モノにセンサーを積んでデータを取り込めれば、面白いことができそう」というノリだったとか。多くの開発現場で出てくるような話です。

「コクヨには、ノートやハサミ、筆記具など文具・事務用品が数多くあります。その中でデータとの親和性を感じたのがペンでした。『書くこと』にもこだわってきた会社なので、子ども時代からそれに慣れ親しんでいただきたい思いもありました」(中井さん)

「技術優先」で突き進んでしまった

「持ち方を矯正するペンや、マイクを搭載したペンなどさまざまな意見が出た中で、当初進めていたのは『見守りペン』でした。共働き家庭も増えて、日々、子どもが宿題に取り組む状況が見られない家庭も多い。それなら社会的価値があると思い、搭載機能の中身や、それが技術的にできるかどうかなどを議論して、3C分析(市場・顧客、競合、自社)や4P分析(製品・価格・流通・販売促進)を進めていきました」

でもスタートして1年たった頃、活動は「壁」にぶち当たったそうです。

「共働き世代というターゲット層へのアンケートで、評価がいまいちだったのです。デプスインタビューをしてみると、遠隔で子どもの学習を監視したいというニーズよりも、時間がなくとももっと子どもの学習にかかわりたいというニーズが強いことがわかりました」

「こういうのがあれば便利だろう、社会的意義も高い」と信じて開発を進めてきた中井さんたちにとって、打ちのめされるような思いでした。

開発20年のベテランが陥った落とし穴

「商品開発の最大のリスクは誰も欲しくないものをつくることです。当たり前のことのように聞こえますが、20年も開発の仕事をやってきた人間がそれをやってしまったのかと」

消費者を見ているつもりで見えていなかった。それに加えて、失敗の原因はもう一つありました。

「この商品は『結局、誰が使うものだ?』という軸足が抜け落ちていたのです。メンバーで議論をした結果、宿題を課せられている子どもに『イヤだけどやらなければいけない』のではなく、『楽しんでやりたい』と思えるものにしよう、と方向転換しました」

「見守りペン」の発想は、一見なるほどと思いますが、引いた視点で考えると「親や保護者」の目線でした。そうではなく「やる気ペン」という「子ども目線」に軸足を変え、そこに親や保護者の目線も加えたのです。方向転換してからも「これを搭載しよう」という追加機能もいくつかありましたが、欲張らずにシンプル設計にしていったそうです。

「消費者を置き去りにして、機能優先で進んでしまうのは『開発者あるある』だと思います」と苦笑いする中井さん。「どこかに日本初のIoT文具を出したいと急いていた部分もありました」

確かによく聞く話です。筆者も多くの取材をする中で、あまり消費者には関係なさそうな、細かいこだわりを「この部分をこう改良したのは世界初です」といった例も何度か聞いてきました。こうして消費者は置き去りになってしまうのです。

解決すべき課題は「現場にある」

さまざまな業務を抱えて仕事をこなすうちに、活動の本質が見えなくなることは、よくあるのではないでしょうか。

こうして行き詰まった時、何をすればよいのか。基本は「原点に返る」ことでしょう。今回の活動も「誰を幸せにするのか」という原点に戻ったのです。

今回、もうひとつ興味深かったのは、「ユーザーを理解するには、生活の周りを含めて観察することが大切」(中井さん)という話でした。そのためモニターに協力してもらい、家庭学習の光景を動画で撮って50本以上提供してもらったそうです。

「子どもは興味が持てないことにはすぐあきる。大人はそんな姿にいら立つというのも、動画で実感できました。中でも印象的だったのは、本当にあきっぽい男の子。社内プレゼンでこの動画を見せたら、全員一致で『この子を幸せにしよう』となりました」

開発開始から1年後に行き詰まった時、中井さんは「当時は会議室ばかりで議論していた」と反省します。そして開発を振り出しからスタートすることを決めたあの日から、視聴覚室にこもって家庭での子供の映像を集中して見るようになったと言います。

「家庭での幸せなユーザーの日常は仕事場とは相いれない部分があり、なかなか観察に没入できなくて(笑)。上司が目の前にいる環境ではちょっと……」

仕事やる気ペンは?

なお、メディアからは「仕事やる気ペン」の開発予定は、とよく聞かれるそうです。

「大人の場合は、多様性がありむずかしいですね。今回の商品も小学校低学年から中学年までをイメージしています。個人差はありますが、それ以降の年齢になると、子どもに自我が芽生え、親や保護者の加護から抜けていくのです」(中井さん)

実は、中井さんの前職は家電メーカーのシャープで、液晶テレビ「アクオス(AQUOS)」の開発をする技術者だったとか。今では家電メーカーのイメージが強い同社ですが、創業者は「シャープペンシル」を開発したことでも知られています。偶然か必然か、「文具」と「目の付けどころ」という点は共通するようです。