口の中は、人生をも表す

そんな恐ろしい歯周病を加速させるのが、喫煙だ。口の中を見ると、タバコを吸っているかいないかがすぐにわかる。ニコチンによる色素沈着だけではない。血流が悪いために酸欠が起き、粘膜の細胞はますます再生能力を失い、口の中は焼けたようにただれている。血流が低下するから、白血球などの免疫細胞も少なくなり、歯周病菌が繁殖するのだ。

歯周病の治療に通っていながら、そういうひどい状態が見えたときは、はっきり言うことにしている。「喫煙者は救われない。このままタバコを吸い続けるなら、あなたの寿命はもう長くありません。治療を続ける意味があるか、自分で考えてほしい」。そうして患者さんの覚悟を促し、歯周病という感染症の本当の怖さを伝えていくしかないからだ。

これまでむし歯も歯周病もなく、きれいなピンク色の歯肉だった人が、何年後かに診ると口の中の様相が変わり、歯肉にはばい菌がびっしり付いているというようなこともある。それは、生活に何か問題が起きているということなのだ。仕事がうまくいっていない、経済的な問題、夫婦間トラブル、離婚、介護疲れ等々。

ストレスや疲労、睡眠不足で免疫力が低下し、細菌感染がひどくなったのかもしれない。いや、困難な生活の中で、自分のケアが二の次になった結果なのだろう。口の中は寿命だけでなく、その人の生活環境や人生までも表すのだ。

だが、歯の治療にはお金がかかる。歯のことで、老後に悔いを残さないためにはどうしたらいいか。それは、今すぐ歯の磨き方を変えることだ。

歯磨きとは歯に付着している細菌を掃き落とす行為をいう。ヨゴレを落とすのではない。抗菌効果をうたった歯磨き粉にこだわる必要はない。鏡で口の中をよく見て歯並びを自覚しながら、磨き残しのないように磨く。特に、歯並びの個性的な人は、八重歯の裏などに磨き残しが出やすい。そこには細菌が繁殖しやすく、歯周病も起きやすい。フロスで歯間のそうじをする習慣もつけよう。

私はインプラント治療に取り組んでいるが、まずは、歯磨き講習から始めなければならない人は多い。すさまじい細菌の繁殖を食い止めなければ、せっかく埋め込んだインプラントの周囲にも炎症が起こり、周囲の骨を溶かしてしまうからだ。

口腔ケアという生活習慣を身につけることが、歯と全身の寿命を延ばし、人生の後悔を1つ減らすことにつながるはずだ。

波多野尚樹(はたの・なおき)
慈皓会・波多野歯科医院院長
1946年生まれ。日本歯科大学卒業。医学博士・歯学博士。MAXIS インプラント インスティチュート主幹。日本のインプラント治療のパイオニアの1人で、即日完成インプラントを開発。