張り詰めていた気持ちがプツンと切れた瞬間

上司から厳しい指摘を受け、思わず涙がこぼれた。原因は、上司やこのために来日した外国人グラフィックデザイナーを交えてミーティングした際、予想外に時間がかかってしまったこと。ミーティング後、ホテルのロビーでその上司から「君の段取りが悪い」と注意されたのだ。頑張りに頑張りを重ねてきたせいか、その言葉がとどめになって張り詰めた気持ちがプツンと切れてしまった。「泣いちゃいけない」と思いながら、ロビーの片隅で思わず涙が出たという。

自分ではしっかり段取りをしたつもりだったから、余計に悲しかったのかもしれない。ただ、宮越さんは立ち直りも早かった。負けず嫌いな性格が幸いして、「次こそちゃんと段取りしてみせるぞ」とすぐに気持ちを切り替えた。この出来事をバネに変え、リブランドは無事成功。翌年、部長に昇進した。

自分で決めて自分で動ける課長とは違い、部長は一歩引いて部署全体を見る立場。部下が動きやすい環境づくりや会社の方針を話し合う時間が増え、そのぶん責任の重さも実感するようになった。自分の役割は「お客様はもちろんスタッフもベストの状態でいられるよう、しっかりケアすること」。この思いを胸に約6年マーケティング部門の部長を務め、宿泊部長、取締役へとステップアップしていった。

ポジションが人を育てることもある

「取締役の話をいただいたときは、嬉しさより私でいいんでしょうかと恐縮する気持ちのほうが大きかったですね。でも、せっかく機会を与えていただいたわけですから、躊躇するのではなくチャレンジしてみるべきだと思いました。まだまだ勉強も足りませんし成長の途中ではありますが、後に続く女性にとって、また、私と同じホテル生え抜きの後輩にとって、少しでも励みになれば嬉しいですね」

今は自信がなくても、わからないことは「教えてもらおう」という謙虚な気持ちで周囲にアドバイスを求めながら成長していけばいい。勇気を持って一歩踏み出せば、これまでは開けられなかった扉が開くようになるはずだから──。いつか同じ岐路に立ったなら、宮越さんのこの言葉を思い出してみてほしい。

「私は、ポジションが人を育てることもあると思っています。読者の皆さんにも、異動や昇進を成長の機会と捉え、与えられた評価を信じてぜひ挑戦していただきたいです。失敗してもあまり深刻に考えすぎないこと、いつも笑顔でいること、そうすると、また次の新しい扉が必ず開き、可能性が広がります」

役員の素顔に迫るQ&A

Q 好きな言葉
日日是好日(にちにちこれこうじつ)
「昨日や明日のことで悩むのではなく『今』を大切にしたいという意味で捉えています」

Q 趣味
古楽演奏会、スポーツ観戦、旅行

Q 愛読書
エッセイ『旅をする木』、写真集『星野道夫の仕事』
星野道夫

▼Favorite Item

ノート
「気に入ったデザインのものを集めています。仕事ではスケジュール管理用と日誌用の2冊を使用」

 
宮越 真理子(みやこし・まりこ)
ホテル小田急 ハイアット リージェンシー 東京 取締役宿泊部長
上智大学文学部卒業。1985年ホテル小田急入社。宿泊部フロント課、営業企画部広報宣伝課などを経て小田急ホテルズ&リゾーツ出向。2006年にホテル小田急に復職し、「センチュリー ハイアット 東京」から「ハイアット リージェンシー 東京」へのリブランドに携わる。2018年、取締役に就任。

文=辻村洋子 写真=ヒダキトモコ