70歳になったホーキングは、「この49年間、死と隣り合わせに生きてきた。死を恐れてはいないが、死に急いでもいない。やりたいことがまだたくさんあるからね」と言った。
いつでも夢や希望、目標を持っていたのだろう。ホーキングは、自分の夢や目標に向かっていくエネルギーが死を遠ざけるのだということを体現してくれた。だからこそ、余命宣告から55年間も人生を歩んでいけたのだ。
ここでいう目標とは、学歴や人脈、富ではない。何をやりたいかということだ。
「物理学を学ぶ場合、学歴や人脈はなんの意味も持たない。ただ『何をするか』だけが求められる」という。純粋にやりたいことが人生を彩るのである。
「いつか宇宙に行こうかな」と言い、老年、体の不自由な中、無重力の世界を体験した時の笑顔は印象的だった。いくつになっても、夢があれば、生き生きとしていられると実感させてくれた。
ホーキングは安楽死に肯定的だった
しかし、これほど前向きなホーキングも生来のプラス思考なわけではない。徐々に動かなくなる体を苦に思い、若い時には自殺を考えたことがあるという。
「人は動物を苦しませることはしない。では、なぜ人に対しては苦しみを強いるのか」
この言葉は、安楽死を肯定するホーキングのうめきだ。
現在、ベルギー、スイス、オランダ、ルクセンブルク、アメリカのオレゴン州、ワシントン州など5つの州と首都ワシントンで安楽死を認めている。尊厳死や安楽死を認める国と地域は広がり、2019年から、ハワイ州でも安楽死を認めるという法案が可決した。苦しみから人を解放させる風潮が広がってきたのだ。医療の発展とともに、人は長く生きることができるようになった。100年前であれば、とうになくなっている命も、現代では助けることができるかもしれないのだ。
日本では議論はあるものの、いまだ安楽死は認められていない。が、しかし堪えがたい苦痛のある末期患者の苦しみを排除するために行う「セデーション」がある。これは鎮静剤を打つことによって、苦しまず最期を迎えること。国内では、「この行為は安楽死ではないか」との議論はあるが、近い将来日本でも積極的安楽死を認める時代がやってくると思う。
いずれにしろ長寿社会になればなるほど、「生きる権利」とともに「死ぬ権利」が広く議論されることだろう。ホーキングの自身の体験から発せられた、この言葉は、これからの死生観を問うている。
ALSを機に人生の絶望を知り、またそこから最高の幸せを得たのが、ホーキングだ。