科学と感性、経営に必要なのはどっちだ?

【酒井】大西さんは、2009年6月に三越伊勢丹社長に就任されて約8年間、経営のトップに立たれていたわけですが、百貨店経営についてどのような哲学をお持ちでしたか。

【大西】三越伊勢丹は「科学と感性」に基づいた店舗づくりがされていて、それは他社との差別化、また売上につながっていました。私は会社全体の経営においても「科学と感性」という感覚は非常に重要だと思っていました。もちろんバランスが大事なのですが、私はどちらかというと感性に重きを置いて経営してきたかもしれません。

一方で、上場企業では株主へのコミットメントが重要です。それは科学的な数字としての売上や株価(時価総額)などです。しかし経営のスタイルは一つではありません。ですから「科学」だけに頼るのではなく、「感性」を活用して発想を広げて将来に向けて色々なことをやってみる。すると、そこから新しい価値が生まれて広がりができ、多様性も生まれる。それが、やがて科学的な数字である売上にもつながるというイメージで経営をしてきました。

【酒井】大西さんのおっしゃる「新しい価値」とはアートで例えるとわかりやすいかもしれませんね。同じ絵画でも「5000円程度」という人もいれば、「500万円出してもいい」という人もいる。アートの価値は個人が決めます。その価値は「どれだけ心をつかむか」という豊かさに対するものであって、商品の機能や性能に対してだけに付けられる価値とはまた別のものですね。

【大西】おっしゃる通りです。小売業は豊かさを売るものですので、経営でも「心の豊かさ」のような感覚をもつことが重要です。特に小売りでは、数字的な結果を出すためにも、良い意味での「感性」を柔軟に活かす仕組みが必要なのです。

【酒井】経営で科学的な数字の側面ばかりが過剰に重視されている現状がありますが、それは私も問題だと思っています。上場している場合はなおさら短期的な数字にとらわれる。アメリカでも必要以上に四半期決算を重視しないなど、現状の行きすぎた流れに対する是正のようなものは起こりつつあります

【大西】個々の経営者の考え方にもよるとは思いますが、あまり短期的な利益にばかり目を奪われると、その数字のプレッシャーでかえって経営の長期的な視野が失われることは起こりがちだと思います。

ところで、酒井さんが「アート」とおっしゃいましたが、日本経済でもアート、文化が前面に出てくるといいですね。政府は「文化GDPを2025年までに18兆円近くまで拡大させる」と掲げていますが、日本のアーティストのなかには優れた才能を持ちながらビジネスとして成功しているとは言えない人もたくさんいます。日本でアーティストや文化が無理なく入れるビジネスモデルが作れるといいですし、私もお役に立てれば、とも思っています。