写真=iStock.com/NicolasMcComber

深夜にも、おかまいなく攻撃的電話

「残業代ももらっていない。上司からひどいパワハラも受けていた。そのうえ退職を強要するとは、どんなブラック企業だ。誠意ある対応をしなければ、労基署や知り合いの弁護士に相談に行くぞ」と経営者は、まくしたてられたわけだ。

言いがかりのような主張であったが、温厚な経営者の方なので、突然のことに面食らってしまった。経営者は、利用者の目もあるため、場を納めようとするばかりに、謝罪のうえ自分の携帯番号を教えてしまった。経営者としては、あらためて話し合いの場を設定するつもりだった。それが悪夢のはじまりだった。

両親からの電話は苛烈を極めた。勤務中だろうが深夜だろうが、おかまいなくの電話だった。携帯電話にでなければ事業所に電話する、という始末だった。他の社員も鬼気迫る電話に完全に精神的にやられてしまった。こうなると、交渉なのかクレーマーなのか、わからなくなる。

事実無根、300万円超の要求

経営者は、「人の問題」に弱い方が多い。普段は豪快でも、社員とのトラブルとなると慌てたり、すぐに意気消沈したりする。交渉というのは、あくまで当事者が対等な関係でなければならない。相手に対してビクビクしている状況では、交渉にならない。

この経営者は、もともと別の弁護士に相談されていたそうだ。その弁護士のアドバイスは、相手の言い分に根拠はないから相手にしなければいいというものだったそうだ。それでも電話は止まらない。相手は、「自分こそ正しい」という信念を持っているから、ひるまない。「自分は正しい」と確固たる信念を持っている者は、自分の間違いに気がつくことができない。そういう状況の中、紹介で私のところにいらっしゃった。

事実を調査すると、相手の言い分はまったく根拠のないものであった。それでも相手は、ざっくり計算するだけでも300万円を超える要求をしてきた。何より相手は、一切譲歩する気はなく、「自分の要求をすべて受け入れろ」という姿勢だった。こちらから何か言おうものなら、「知り合いの弁護士も明らかに違法だから、訴訟しろとアドバイスしている。団体交渉もやろうと思えばできる」と口にするだけであった。

このようなケースでは二つの方針がある。相手が折れるまでひたすら耐えるというものと、経営者から動き出すというものだ。私はできるだけ事件を自分で展開していきたいスタイルなので、会社側からの裁判手続に入ることにした。具体的な手続きとしては、労働審判を利用した。しかし、経営者のほうはやや腰が引けている。