郷原信郎

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒業後、三井鉱山に入社するも1年半で退社。80年に司法試験に合格、検事に任官する。企業法務に精通し、「コンプライアンスとは単なる法令遵守ではなく、社会的要請に適応すること」という「フルセット・コンプライアンス論」を提唱している。2008年、六本木ヒルズノースタワーに郷原総合法律事務所を開設。09年10月には総務省顧問に就任した。『「法令遵守」が日本を滅ぼす』『食の不祥事を考える』『検察の正義』など、著書多数。


 

料理の皿を前にすると、「おいしさの本質はなにか」と考えます。

うまい料理には必ず料理人のセンスが隠れている。ここ(「御曹司 勘助邸」)に通うようになったのは、最初に訪れたときに比内地鶏鍋に瞠目したから。シンプルな出汁が鶏の味を最高に引き立て、鶏の滋味を野菜が吸ってうまい。鶏鍋とはこういうものか、と思い知らされました。

鉱山技術者、検事、弁護士と激務を経験してきましたが、いつでも食事をおざなりにしたくなくて、ときには自分でもつくっています。検事時代、試行錯誤の末に「鶏もも肉の焦がし醤油ソテー」を創作しました。おろしにんにくを利かせて鶏肉を炒め、空けたスペースに減塩醤油を流し込む。醤油が煮詰まったら鶏肉と合わせて粗挽きの黒胡椒を振る。鍋ひとつで完成です。遅く帰宅しても短時間でできる。この料理のポイントは「香ばしさ」。たとえば、醤油とにんにくを強火で適度に焦がすことで独特の風味がでます。

理系出身でまったく畑違いの法律の世界を志したのはなぜか、とよく聞かれます。それは、大学を出て就職した鉱山会社が肌に合わなくて、「どうせ一からやり直すのなら、最難関の試験を目指してやれ」と思い立った結果です。

しかし、技術者としてスタートしたことで、会社では2人のよき友に出会えました。私の無謀な転身話の相談に乗ってくれた親友です。1人は今でも交流がありますが、もう1人は10年前の夏に亡くなってしまった。彼は、私が転身してからも、よく六本木のかにしゃぶの店で酒を酌み交わしました。人の話を黙って真剣に聞いてくれる男でしてね。もう1人の友は、北海道の美唄で石炭の露頭掘りの会社を経営しています。

こうして店で食事をしていると、彼らと語らった日々を思い出します。2人の友は、同僚だった頃から30年経った今でも、私の心の支えです。

料理店の本質は、料理のうまさと雰囲気でしょう。友と語らい、英気を養ってくれる。もうひとつの紹介店、「寅」は料理もうまいし、情調がいい。10名くらいで囲める囲炉裏が2つあって、これがほどよいサイズ。小人数の研究会の打ち上げならば、囲炉裏を貸し切って楽しめます。酒も竹酒で出てくる。ここで皆で酒を酌み交わすと気持ちが和み、親睦にもってこいです。

本質というキーワードは、私の専門であるコンプライアンスにおいても重要です。コンプライアンスとは単なる法令遵守ではなく、社会的要請に適応すること。そうでないと決められたことを守っていればそれでいい、という思考停止状態に陥りがちなんですね。要するに、物事の本質をその場その場できちんと考えることが大事なんだと思います。