フランス菓子界の巨匠に学ぶ

1946年、三重県生まれ。画家を目指していた青年時代、「フランス語を覚えたい」という一心で、68年に六本木でオープンした日本初のフランス洋菓子店「ルコント」で働き始めた。そこは、フランス菓子界の巨匠、故アンドレ・ルコント氏の店であったから、パティシエを目指す者にとっては憧れの働き場所であった。しかし、仕事の厳しさや言葉の壁を乗り越えられず、辞める者が続出。そんな中、もともとは菓子づくりに興味のなかった島田さんだけが残った。なぜか。

「パティシエ・シマ」創業者で、「キュービック・セック」を生み出した島田進さん。

「3年続いたらフランスの働き口を紹介する、と約束されていたから踏ん張れた」

と、当時を振り返りながら島田さんは笑う。

「フランスで、絵の勉強ができるチャンスでしたからね。しかし、働くうちに洋菓子の奥深さやその文化的背景に魅かれて、この道を極めたいという思いに変わっていました」

71年に渡仏。現地で3年間、洋菓子の修業をし、帰国。銀座の一流レストラン「マキシム・ド・パリ」のシェフ・パティシエを務めたのち、ルコント氏の片腕として活躍しながら、さらに技術に磨きをかけ、98年に自店をオープンした。

独立後は、「古典的なレシピを重んじながら、独自の菓子づくりを」をモットーに躍進。フランスの伝統菓子である、焦げ目をつけたプリン「クレームブリュレ」、フレッシュチーズを用いた「クレームアンジュ」を売り出して日本中に広めるなど、フランス菓子の普及に貢献し続けてきた。そんな島田さんが開店当初から売り出していた3種の焼き菓子は、個性派揃いだ。

三ツ星レストランで出せる

3種のうち2種は、フランス修業時代に見聞きした菓子をルーツに考案したものだという。表面に胡麻がついている「サブレ・フロマージュ」は、「パリでレストランのシェフに習ったサブレをもとに、日本人向けに胡麻を合わせた」甘くないサブレだ。材料の半量以上をスイス産のグリエールチーズが占める贅沢な菓子で、焼いたチーズの旨みと胡麻の香ばしさが凝縮。「食前酒のつまみをイメージした一品ですが、三ツ星レストランで出しても遜色ない味」(島田さん)という自信作である。

細かなザラメののっている「キャレド・ココ」は、粉末状のココナッツを生地に混ぜ込んだクッキーで、サクサクとした軽やかな食感が特徴。フランスでアフリカ系の人たちに好まれていたであろうココナッツ菓子を思い出して編み出した。

「ひと昔前まで、ココナッツは日本のフランス菓子界では、あまり使われていませんでした。しかし、独特な甘やかな香りが魅力の食材です。その持ち味を生かし、高級感のあるココナッツ菓子に仕上げたんです」

白い粉糖がかかっている「ポルボロン」は、スペインの伝統菓子だが、島田さんが研究に研究を重ねたレシピによるものだ。小麦粉をオーブンで香ばしく焼いてから材料を混ぜて焼き固めたもので、歯を立てただけでほろほろ崩れてしまう繊細さ。シナモンの香りが広がる、記憶に残るおいしさである。

塩味のサブレもココナッツのクッキーもポルボロンも、時代の先頭をきって島田さんが世に送り出した名工3部作といってもいいだろう。