ある日突然、「労基署に相談します」
労働問題を扱う弁護士をしていると、「3」という数字にナーバスになる。「3日」「3カ月」「3年」は社員が退職しやすい時期である。これまでの経験でもっとも驚いたのは,土木作業員の方が3日目でいきなり来なくなり、退職したというものだ。理由は筋肉痛だった。社長は理由を知って、完全に心が折れてしまった。
経営者は誰しも長期的に社員に勤務してほしいと願っている。短期間で退職されてしまうと、採用コストもムダに終わる。新人の離職は経営者の悩みのタネだが、とくに入社したばかりの時期は要注意だ。
多くの中小企業では、先輩が新人に仕事のやり方を教えることになる。いわゆる「OJT」というやり方だ。OJTは、実際の仕事から学ぶ方法なので一見すると効率的な印象を受ける。ただ、同時に構造的な問題点もある。それは、教える側の「教える能力」によって教わる側の成長が格段に違ってくるということだ。
ここで一つ、目を閉じて学生時代に戻ってほしい。人生の輝ける瞬間を思いだす方もいれば、若くして人生の渋みを味わった方もいらっしゃるだろう。学校教育ではたくさんのことを学ぶが、「教える」ということを学ぶ機会は皆無に等しい。
知識や技術を組織内で拡散していくためには、教えることが必要となる。それにもかかわらず、体系化された教え方というものを教わった経験がないわけだ。そのため教え方は、それぞれの社員のオリジナルなものになってしまい、レベルが異なってくる。
このレベルの相違が、ときに「パワハラ」という形で姿を現すことになる。私の経験からも言えることだが、できる社員ほど感覚的に仕事ができるようになる。頭ではなく身体で仕事をするということだ。これは、「言葉」で自分の仕事を表現できなくなることでもある。結果として、なかなか仕事を覚えない新人に対して「なぜできない」とイライラして語気も強くなってしまうことがある。
このような状況だと、ある日「上司からパワハラを受けました。労基署や弁護士に相談します。会社としてはどのように考えているのですか」と言われることになる。経営者も青天の霹靂で驚く羽目になる。パワハラの慰謝料は、加害行為の内容や被害の程度によって異なる。