東京・西麻布の「ビストロアンバロン」は、4年連続ミシュランガイド掲載中の人気店。オーナーソムリエの両角太郎さんは、東大卒、MBA取得、外資系金融機関で活躍という「超」がつくビジネスエリート。頭脳派が飲食開業に描いた夢、感じた喜び、そして厳しい現実を語ってくれました――。
ビストロアンバロンの両角太郎オーナー。

クビになって、考えたこと

――ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント、モルガン・スタンレー・アセット・マネジメント投信など、外資系金融業界に長く勤めていた両角さん(当時44歳)に転機が訪れたのは、ビストロ開業の1年前、2008年11月のことでした。まず、開店に至った経緯を聞きました。

リーマンショックでクビになったんです。慌ててヘッドハンター10人ほどに連絡しました。半数は会ってくれましたが、残り半数は「半年間は職がないと思うから、勉強するなり遊ぶなり、時間を有効に使って」と言って、会ってもくれませんでした。

同じようにリストラされた連中と飲みに行くなかで、1カ月もしないうちに「これまでと違うことをやろう」と思い始めました。サラリーマンは21年もやったから、宮仕えじゃなく起業して。何をやるかと考えたとき、もともと食べることが好きで、自腹で好きな店に行き、食べ手としてはそれなりに知識も経験もあり、ワインやチーズの資格も持っていたので、食の世界でいこうと決めたんです。

選択肢としては、3つありました。1つ目が経営コンサルタント、2つ目がフードライター、最後が(飲食店を開業して)現場に立つこと。コンサルの場合、マクドナルドのような大クライアントはマッキンゼーやボストンコンサルティンググループのやる仕事ですし、僕自身がビジネスの対象として興味がない。一方で、小さなクライアント相手では、経験もあるし、役に立てるだろうけど、お金がない人からお金はもらえない。以前、ボランティアで飲食店開業の手伝いをしたことがあるのですが、1カ月ビッシリやって「仮に報酬を支払うとしても10万円」と言われました。それではビジネスにならない。ライターは取材先の店とのパイプを考えると、調子のよい記事しか書けない。そう考えると、一番面白いのは現場だなと。

サラリーマン時代には、自分が現場に立って飲食店をやるなんて、考えもしませんでした。本業があったうえで店のオーナーになり、好きな酒を置いて、そこに客として訪ね、食事を楽しむ、ときに接待にも使うというようなイメージはあったのですが。

完ぺきな事業計画書、描いた理想の店

――事業計画を書くのはお手の物、という両角さん。区役所に提出した際、「見本として、コピーをもらってもいいか」と担当者が言ったほど。そこに書かれた店のコンセプトとは。

一言で言えば、「自分がもっとも行きたい店」です。カジュアルで、それなりの値段でそれなりにおいしく、ワインについては幅広い価格帯の幅広いラインナップがある。それも、心地よい内装で。今まで訪問した数々の店の良いとこ取りで理想の店を自分で作ってみようと。

3年に1軒のペースで店を増やし、常にどこかの店に立つ、というイメージも描きました。イメージに合う物件はなかなか見つからず、当初ターゲットにした恵比寿から表参道、さらに西麻布へとエリアを広げ、ようやく見つかったんです。テラスがあって、天井が高くて、これは理想に近かった。自分も店に立つことを前提に、2カ月間ほど常連として通っていたビストロで修業をさせてもらい、準備期間半年でオープンさせることができました。

――そして、迎えた門出の日。店の軒先にはズラリと胡蝶蘭が並ぶことになります。