たとえば米国三井物産の法務課に、大橋奈都子さんという女性社員がいる。彼女は小野さんが見てきた、かつての三井物産にはいなかった人材の一人だ。
2000年入社の大橋さんは、06年に同社のプロジェクト開発第二部で働く宮木裕也さんと結婚した。
一度は夫のメキシコ駐在に合わせて退社し、同国にて1年過ごした。その後帰国して長男を出産、再雇用制度を使って同社に戻った。現在はアメリカに長男を連れて赴任しており、宮木さんは妻子と離れて日本で働いている。
大橋さんはそのような自身のキャリアについて次のように語る。
「私が入社した頃は、女性担当職の採用がまだ1桁台でした。でも、それ以後は採用が年を追うごとに増えてきているので、私たちのような社内結婚もめずらしくはなくなっています。ただ、私は『ロールモデル』という言葉があまり好きではありません。いまは男女の違いだけではなく、一人一人の社員の多様性に目を向け、それぞれが自分の道をどうやって歩んでいくかが大切な時代。私たちの働き方についても、『こういうケースもあるんだな』という程度の、多様性の一つでしかないと思っています」
あるいは、外国籍の社員であるアンドリュー・パーカーさんもまた、ここ10年の三井物産の変化を象徴する人物だ。
オーストラリア人の彼は自国の大学を卒業後、04年に日系総合商社の現地法人に就職した。日本には学生時代に2年間の留学経験があり、同社で4年間勤めた後に三井物産に転職。現在は子育てをしながら、オレフィン・クロールアルカリ事業部で働く。
彼も大橋さんと同様に、会社の「ダイバーシティ推進」のメッセージを当然のものとして考えている。「僕が日本に来た約10年前、日本社会全体では、外国人の社員は『面白いからちょっと一人、雇ってみるか』という存在でした。でも、三井物産は多様性について真剣に考えて自分を雇った。日本の商社はこれまで、(新卒の男性社員だけという)モノトーンの組織でも成長することができました。グローバル化と競争のあり方が変わったいまは、もうそれではやっていけないでしょう。その意味で組織のダイバーシティを推進することは目的ではなく、良い人材を雇い、気持ちよく働ける環境をつくるための欠かせない手段であるはずです」