企業が望む、ライフの中でのワークの割合はどのくらい?

建前として、今の時代、企業は社員に対して「私生活を犠牲にして、会社のために身を粉にして働いてほしい」とは、考えていない(少なくとも言わない)はずです。ワーク以外のライフも充実したものにしてくれと願っているはずですし、実際、そのようにサポートする仕組みを用意している企業も数多くあります。文字すると気恥ずかしい感じがしてしまうのは、きっと世代のせいだと思いますが、社員が実りある人生を送れると、それは仕事にも良い影響を与え、パフォーマンスも発揮するはずだと、企業としては思っているわけです。

しかしそれはあくまで、仕事として従業員に与えているミッションをクリアしている、という前提があってのこと。それがクリアできる程度の時間は、ライフにおけるワークとして割くべきだとも、同時に考えているはずです。

こう書くと当たり前のことのようですが、この前提は、ワークライフバランスの類の話をするときに曖昧になりがちです。「充実した人生を送るためには、ワークの部分をある程度セーブして……」という考えに、すぐに陥ってしまうのです。しかし、企業としてはそれでは困る。さらに冒頭の新人は、こんな風に疑問をぶつけてきます。

「仕事ばかりしていることが、今の自分にとってとても心地よく、それこそ『ワーク=ライフ』であり、充実していてたまらなく幸せだとしても、『ワークライフバランス』という言葉の前に出てしまうと、それではダメなのではないか、と思ってしまうのです。でも、あなたはこのくらいのバランスでいるべきだと、他の誰かから言われるのも、ちょっと納得しにくいというか……」

かつては、企業は「まずは仕事が第一である」という前提で、従業員のライフを考えていました。しかし、いまは与えたミッションをクリア(もちろん、このミッションの設定がおかしくて、結果的にライフのほとんどをワークが占めてしまう、というケースが後を絶たないわけですが)すれば、残りは特に何をしてくれても構わない、極論すれば「仕事が第一でなくてもいい」と考えるようになりました。

そうなると、今度はワークを除いたライフの部分をどのように過ごせばいいのかが問われるのですが、それこそケースバイケース。人それぞれのはずです。しかし、そういう状態が生み出すワーク以外の部分の曖昧さが、ワークライフバランスという言葉を難しくしてしまっているのです。