社会人になったばかりの新人がこんなことを尋ねてきました。「ワークライフバランスという言葉に違和感があるんです。『ワーク』と対になる『ライフ』って何ですか? バランスって?」……あなたなら何と答えますか?

先日、社会人になったばかりの新人に、以下のような質問を受けました。

「『ワークライフバランス』っていう言葉は、おかしいと思います。『ワーク』と対になっている言葉が『ライフ』とありますが、ライフって何ですかね? 人生だとしたら、仕事は当然のことながら、人生の中に含まれます。切り離すことなんてできないですよ。人生の中で仕事の占める割合のバランスをよく考えなさいとか、仕事ばかりしすぎないようにしなさいとか、そういう話だとしても、それはそれで、それこそ人それぞれだし。バランスっていう言葉に、違和感を覚えます」

……ふむ、確かに。筆者と同世代の人たちなら、こうした話をすると「仕事とプライベート」という言葉を思い出す人が、少なからずいるでしょう。

かつては「仕事最優先」が当たり前だった

1986年に男女雇用機会均等法が施行され、女性の働く機会が(建前上は)増えたタイミングで、それ以前のモーレツに働いていて、家庭を顧みないお父さんを見て「俺はああいう人にはなりたくない。仕事と同じくらいプライベートも大事にする」と息巻いたものです。その背景には「仕事は個人的なことではない」という前提があったからです。個人的なこと(=プライベート)は、仕事とは分けて考えて、どちらも大事にしようと考えていたということ。そう捉えると、よく分かるかもしれません。

ただし今や、仕事は自己実現のツールの一つと考える人も増えています。長時間労働をしていることを「社畜」と呼んで揶揄することはあっても、滅私奉公(古い言葉ですね)が礼賛されるようなことは、最近では少なくなってきました。だからこそ、冒頭の新人の違和感が出てきたのだと思いますが、いい機会なので、キャリアの曲がり角世代にとってのワークライフバランスについて、少し考えてみましょう。

企業が望む、ライフの中でのワークの割合はどのくらい?

建前として、今の時代、企業は社員に対して「私生活を犠牲にして、会社のために身を粉にして働いてほしい」とは、考えていない(少なくとも言わない)はずです。ワーク以外のライフも充実したものにしてくれと願っているはずですし、実際、そのようにサポートする仕組みを用意している企業も数多くあります。文字すると気恥ずかしい感じがしてしまうのは、きっと世代のせいだと思いますが、社員が実りある人生を送れると、それは仕事にも良い影響を与え、パフォーマンスも発揮するはずだと、企業としては思っているわけです。

しかしそれはあくまで、仕事として従業員に与えているミッションをクリアしている、という前提があってのこと。それがクリアできる程度の時間は、ライフにおけるワークとして割くべきだとも、同時に考えているはずです。

こう書くと当たり前のことのようですが、この前提は、ワークライフバランスの類の話をするときに曖昧になりがちです。「充実した人生を送るためには、ワークの部分をある程度セーブして……」という考えに、すぐに陥ってしまうのです。しかし、企業としてはそれでは困る。さらに冒頭の新人は、こんな風に疑問をぶつけてきます。

「仕事ばかりしていることが、今の自分にとってとても心地よく、それこそ『ワーク=ライフ』であり、充実していてたまらなく幸せだとしても、『ワークライフバランス』という言葉の前に出てしまうと、それではダメなのではないか、と思ってしまうのです。でも、あなたはこのくらいのバランスでいるべきだと、他の誰かから言われるのも、ちょっと納得しにくいというか……」

かつては、企業は「まずは仕事が第一である」という前提で、従業員のライフを考えていました。しかし、いまは与えたミッションをクリア(もちろん、このミッションの設定がおかしくて、結果的にライフのほとんどをワークが占めてしまう、というケースが後を絶たないわけですが)すれば、残りは特に何をしてくれても構わない、極論すれば「仕事が第一でなくてもいい」と考えるようになりました。

そうなると、今度はワークを除いたライフの部分をどのように過ごせばいいのかが問われるのですが、それこそケースバイケース。人それぞれのはずです。しかし、そういう状態が生み出すワーク以外の部分の曖昧さが、ワークライフバランスという言葉を難しくしてしまっているのです。

ワーク以外のライフをどうすればいいのか、分からなくなっている?

かつて、日本の企業は『大きな家族』のようなものでした。住まいも用意され(社宅、最近はずいぶん減りましたね)ライフの多くの部分を企業が面倒をみていました。個人商店のような小さな企業でも、賄い付き、住み込み可などの形態で雇用していたケースは少なくなかったのです。

いま、そんな企業は少なくなりましたが、形を変えて、ライフの部分の面倒を見続ける企業は少なくありません。こう書くとピンとくる人もいるでしょう。企業が従業員に行う多くの支援は、実はライフの部分をサポートするものが多いのです。

ただ、いまの時代、画一的な生き方をする人ばかりではなく、企業の側の対応もさまざまです。ある企業では「ライフのバランスを取るために最大限の支援をしますよ」といい、他のある企業では同じことに対して「それは個人的なことなので特段の支援をすることではない」と言ったりします。また同じ企業でも、子育て支援のようなことは社員のライフとして支援するが、部活動のような趣味的なことは支援しないということもある。そう。ケースバイケースのワークライフバランスを取ることは、仕組みとしては未だに難しいというのが、現実なのかもしれません。

冒頭で書いた新人の質問に対し、私は上記のような説明をした上で、以下のセリフを付け加えました。

「この話に、特にオチはないよ。本当は人それぞれでいいのだけど、人それぞれに対応する仕組みを作っていると、手間もかかるし、結果的にコストもかかってしまう。なので『極めて標準的な“ワークライフバランス”を提示し、それをサポートする』というと、効率がいい。そういう考え方も、もしかしたらあるのかもしれない。まあ、これも一つの考え方、だけどね」

サカタカツミ/クリエイティブディレクター
就職や転職、若手社会人のキャリア開発などの各種サービスやウェブサイトのプロデュース、ディレクションを、数多く&幅広く手がけている。直近は、企業の人事が持つ様々なデータと個人のスキルデータを掛け合わせることにより、その組織が持つ特性や、求める人物像を可視化、最適な配置や育成が可能になるサービスを作っている。リクルートワークス研究所『「2025年の働く」予測』プロジェクトメンバー。著書に『就職のオキテ』『会社のオキテ』(以上、翔泳社)。「人が辞めない」という視点における寄稿記事や登壇も多数。