年に1回、台湾へ。中国語で落語をする難しさ

江戸にも上方にも落語家はたくさんいるが、年に1回、台湾公演をしている落語家はべ瓶さんだけである。しかも中国語でというから驚きだ。

「先輩に連れていってもらった台湾で、早稲田大学の落語研究会にいたという台湾人に出会ったんです。それで最初は、彼が中国語でやって、僕が日本語でやるという公演をしました。でもどうしても中国語でやりたくて。去年の7月に、落語を中国語と一部は台湾語に訳してもらって、音で覚えたんです」

中国語の発音は世界一難しいと言われる。

「『いらち俥』という噺の中で、人力車が猛スピードで走るシーンがあって、客が『止まれ! 止まれ!』と車夫に叫ぶんです。止まれは『ブッシン』と発音するんですが、これを『ブーシン』とすると、うんこちびる、という意味になってしまう。だから『ブーシンと言ったらダメですよ』と言われていたんですけど、本番で間違えてブーシンって言っちゃった。そしたらそれが返って、めちゃくちゃウケた(笑)」

70人が入る会場で3日間5公演、すべて満員御礼になった。

「落語って世界に通用するんだな、って、うれしかったです。それも、お客さんはほとんど20代。まだまだこれからも続けたいと思います」

現地の老人ホームを慰問したこともある。80歳以上の人しか入れないという、高齢者施設だった。子ども時代は日本の統治下だったという人ばかりだから、全員日本語が話せるのだ。だからこの時は日本語で演じた。

「噺が終わると、97歳のおばあちゃんが僕のところへやってきて『何十年ぶりかで、日本人に戻れた気がします。今日は本当にありがとう』と、涙を浮かべながら言ってくれたんです。この方々は日本統治時代に日本人として生まれ、当然のように日本語教育を受け、戦争で日本が負けると『明日から中国語を喋れ』と言われ……歴史に翻弄されながらもここまで一生懸命に生きてこられた。

僕たちはたまたま、その後の平和な時代に生まれただけ。普通だと思っていることは、決して普通ではない。全身でそれらを学ぶことができました。台湾の人たちに親日家が多いのは、そういうおじいちゃんおばあちゃんがいて、その息子や娘がいて、孫ができて……という流れがあるんだ、そういうことを実感できたんです」

日本の伝統芸能を演じているという意味もひしひしと感じている。

「日本の文化って、落語ってすごいなあ。日本人に生まれて良かったなぁ、と。そんな事を思えるようになったのは、台湾公演のお陰です。」

つい先日、台南大学での公演を終えたばかり。台湾と日本を落語でつなぐ。べ瓶さんの挑戦はまだまだ続いていく。