社会の成熟度と寛容性が問われる公共利益の考え方

もうひとつ、気になっていた件がある。2015年4月に、子供の声を騒音と見なさない、と東京都の環境確保条例が改正されたと報じられた。だからだろう、目黒区で起きている保育園開園反対の住民運動で、2015年当初は騒音を気にする声が上がっていたが、条例改正の前後を境に、公の意見書には開園を反対する理由に騒音は挙げられなくなっている。そもそもこの条例の改正はどんな経緯があったのだろうか。

東京都の環境局に取材して、その背景がよく分かった。環境確保条例の中に「何人(なんぴと)も規制基準値を超える騒音を発生させてはならない」という条文があり、基準値として45デシベルの数字があった。「何人」の中には子供も入るから保育園が発する45デシベル以上の音は騒音だ、という根拠にされていた。

一方で、子供にとって成長過程での遊びや運動は欠かせないのだから、子供の声は条文の対象から外すべきだ。そんな考え方が条例の見直しの背景にあった。そこには、子育ては社会全体で見守るべきだという、行政側の明確な意志が見える。

保育園を巡る対立の前に、いま社会には大きなコンセンサスのようなものが必要なのではないか。

女性が子供を産んだ後でも働き続けることが当たり前になっている時代だ。雇用形態が多様化している現代では、女性自身が家計を支える一面もあるだろう。これからの日本を支えるためには、女性が働き続け経済力をつけること、また将来を担う子供たちの存在はどう考えても必要なのだ。そのためには、保育園が圧倒的に足りない。

だから保育園を増やさなくては。もっともっと増やさなくては。インフラとして、整えなくては。そもそも、子供の声は騒音ではない。子供がいるところがにぎやかなのは必然ではないか。そんなコンセンサスが世間でできていれば、保育園に対し「騒音がうるさいから」という感情的な理由で反対する人は減るはずだ。

保育園が増えて、働く女性が子供を安心して預けられる場所ができることは、圧倒的な公共の利益なのだ。

誰かがそう大きな声でアナウンスすべきではないだろうか? 東京都知事が発言してもいいし、東京都の区議会議員や、23区の区長が連帯して声明を出してもいいだろう。

こうした声が大きくなり、保育園の拡充の必要性が広く理解されることこそが、全国各地で起こっている反対運動に対する最上の解決策なのではないか。私はそう考えている。

境治(さかい・おさむ)
コピーライター/メディアコンサルタント
1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボッ ト、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランス。ブログ「クリエイティブビジネス論」でメディア論を展開し、メディアコンサル タントとしても活躍中。最近は育児と社会についても書いている。著書にハフィントンポストへの転載が発端となり綴った『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。(http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4990811607/presidentonline-22/)』(三輪舎刊)がある。