「日本の少子化を解消するのは、国政でなく地方行政にあり」と唱えるメディア評論家、境治氏が“子育てできる街・社会”について考えるシリーズ。5回目の今回は、新たに発表された東京都の「保育サービス利用状況」等の統計をもとに、子育てを巡る条例改正、インフラとしての保育園について考えます。
この連載では東京都目黒区の保育園で起きている反対運動を追ってきたが、ちょうどいいタイミングで東京都が保育サービスの最新データを7月23日に発表した。「都内の待機児童、3年ぶりに減少」などと報じられたことに目を留めた読者も多いだろう。
発表によると2015年4月1日現在、都内の待機児童数は、昨年に比べて858人減っている。過去2年間は860人増、555人増と増える一途だったので朗報だ。だがそれでも待機児童数は7814人と依然多い。(表参照)
認可保育所の数は昨年比165増で2184カ所に達しており、定員数も1万3529人増の21万6699人になった。それでもまだ保育園が足りないのは、就学前児童の人口増加と、保育園利用を希望する世帯が毎年増えているからだ。
少子化が叫ばれる中、東京都に子供が増えているのは喜ばしい。だがそれに対して保育園の数がまったく追いついていないのが現状だ。東京都の場合、数字を見て分かる通り保育園の数を急激に増やしている。増やしても増やしても、まだまだ足りないのだ。
また保育園の利用申込み者は、平成22年の19万645人から平成27年には24万5758人に増加。6年間の利用申込率は31.7%から39%へ、急激な伸びを見せている。ワーキングマザーの急激な増加の一面が見てとれる結果となっている。(表参照)
そんなワーキングマザーと保育の現状を知るべく、私は、目黒区で保育園探しをしたママさん数名に会って話を聞いた。
保育園はライフライン=インフラである
まずこれは目黒区だけの話でもないが、保育園はいつから預けてもいいはずが、実際には4月入園が基本。そのためには前年12月時点での“点数”が問われる。認可保育園に入れたいなら、12月の時点で復職していないとほぼ無理だという。そこで無認可でもいいのでなんとか子供の預け先を見つけて12月までに復職する。それが“基本要件”になっている。
復職するための保育園のはずが、先に復職して別の保育園に子供を預けねば認可保育園に入れない。そんな本末転倒を甘んじて受け入れざるをえない現実がある。
話を聞いたママさんの場合、1人目のお子さんについて“基本要件”をクリアしても認可保育園に入れず、なんとか認証保育園が見つかったが、そこは2歳児までしか預かってもらえない。そこで、翌年4月の認可保育園入園を目指して、ちょっと高額な無認可保育園を併用し、週2日と週3日に分けて利用している。そんな中で2人目を生んだが、5月生まれなので12月までの復職は早すぎる。そのため仕事への復帰を諦めかけているという。
また別のママさんは、同じように苦労を重ねても目黒区内で子供の預け先が見つからず、ついに横浜市に引っ越した。持ち家だったのでご主人とケンカ寸前の議論になったが理解してくれたそうだ。
そうやって聞くと、いま保育園に預けているママさんもそれぞれ仕方なく、あるいは無理をしているケースが多いと想像できる。認可保育園に預けるには、大学受験もびっくりのテクニックを駆使せねばならない。それもこれも保育園が全く足りないからだ。
“女性が輝く社会”をこの国は目指しているはずだ。なのに、働いて輝こうにも保育園が足りなすぎる。もう我々は、保育園はインフラだと考えるべきなのだ。ガス・電気・水道がなければ暮らせない。同じように、住んでいる町に当たり前のように保育園がないと、若い家族は暮らせないのだ。
「保育園を考える親の会」ホームページ(外部リンクにとびます)
http://www.eqg.org/oyanokai/hoikukiso.html#shurui
社会の成熟度と寛容性が問われる公共利益の考え方
もうひとつ、気になっていた件がある。2015年4月に、子供の声を騒音と見なさない、と東京都の環境確保条例が改正されたと報じられた。だからだろう、目黒区で起きている保育園開園反対の住民運動で、2015年当初は騒音を気にする声が上がっていたが、条例改正の前後を境に、公の意見書には開園を反対する理由に騒音は挙げられなくなっている。そもそもこの条例の改正はどんな経緯があったのだろうか。
東京都の環境局に取材して、その背景がよく分かった。環境確保条例の中に「何人(なんぴと)も規制基準値を超える騒音を発生させてはならない」という条文があり、基準値として45デシベルの数字があった。「何人」の中には子供も入るから保育園が発する45デシベル以上の音は騒音だ、という根拠にされていた。
一方で、子供にとって成長過程での遊びや運動は欠かせないのだから、子供の声は条文の対象から外すべきだ。そんな考え方が条例の見直しの背景にあった。そこには、子育ては社会全体で見守るべきだという、行政側の明確な意志が見える。
保育園を巡る対立の前に、いま社会には大きなコンセンサスのようなものが必要なのではないか。
女性が子供を産んだ後でも働き続けることが当たり前になっている時代だ。雇用形態が多様化している現代では、女性自身が家計を支える一面もあるだろう。これからの日本を支えるためには、女性が働き続け経済力をつけること、また将来を担う子供たちの存在はどう考えても必要なのだ。そのためには、保育園が圧倒的に足りない。
だから保育園を増やさなくては。もっともっと増やさなくては。インフラとして、整えなくては。そもそも、子供の声は騒音ではない。子供がいるところがにぎやかなのは必然ではないか。そんなコンセンサスが世間でできていれば、保育園に対し「騒音がうるさいから」という感情的な理由で反対する人は減るはずだ。
保育園が増えて、働く女性が子供を安心して預けられる場所ができることは、圧倒的な公共の利益なのだ。
誰かがそう大きな声でアナウンスすべきではないだろうか? 東京都知事が発言してもいいし、東京都の区議会議員や、23区の区長が連帯して声明を出してもいいだろう。
こうした声が大きくなり、保育園の拡充の必要性が広く理解されることこそが、全国各地で起こっている反対運動に対する最上の解決策なのではないか。私はそう考えている。
コピーライター/メディアコンサルタント
1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボッ ト、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランス。ブログ「クリエイティブビジネス論」でメディア論を展開し、メディアコンサル タントとしても活躍中。最近は育児と社会についても書いている。著書にハフィントンポストへの転載が発端となり綴った『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。(http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4990811607/presidentonline-22/)』(三輪舎刊)がある。