リストラが革新的製品を生み出すパワーを削いだ
狙いすましたものもあればまぐれ当たりのものもあるが、世界の文化やユーザーのライフスタイルに影響を与えるような商品を連発するというソニーの気風を醸成したのは、東京藝術大学声楽科出身という、財界人としては異色の経歴を持つ5代目社長の故・大賀典雄氏だった。
大賀氏がソニー入りしてから一貫して重要視したのはセンスだった。シンプルながらデザイン性にとことんこだわったロゴを作り、製品も機能だけでなく、生活空間やスタジオに置いたときのイメージを重視したデザイン性にもとことんこだわった。その結果、企業のブランドイメージは高まり、また、大賀氏は直接関与していないものの、ウォークマンのようなライフスタイルを変え得る商品を生み出す企業風土が築かれたのだ。
風向きが変わったのは大賀氏が後継指名した出井伸之氏が6代目社長に就任してから。ソニーは次第に新しいものを生み出す力が弱まり、それまでのクールなSONYのイメージを食い潰しながら生きるようになる。
出井氏は社長在任中、中高年社員を対象に希望退職を募るなど、大規模なリストラをたびたび行った。当時、経済誌ではそのことを大胆な経営改革と称賛されたものだったが、社内では危機感を露わにする声が少なからず聞かれた。当時、人事部門のある幹部が、次のように危惧をそっと打ち明けた。
「中高年社員をリストラし、組織を若返らせるという出井さんの策は時代を先取りしていると言われていますが、実際には革新的製品を生み出すパワーをかえって削いでいるという側面もあるんです。何しろ、格好良いもの、革新的なものを考えて、それを製品化してきたのは、紛れもなくその中高年社員だったのですから。ある時、若手社員に『ソニーは革新的でなければならない。それは君らの創意工夫にかかっている』と話したところ、『革新的なものというのは例えばどんなものですか』と答えが返ってきた。受験戦争を勝ち抜き、最初から安定した大企業を目指して入ってきた彼らは、教科書に書いてあること以外については驚くほど無力でした。ソニーのスピリットを世代を超えて共有する前に彼らを会社から去らせたことが、大きな禍根とならなければいいのですが」
その危惧が、ほどなくして残酷なほどの現実となってソニーに降りかかることになったことは、すでにソニー凋落を論じる多くの論評で語られているとおりである。
問題は、ソニーがこの先、復活する目はあるのかということだ。赤字拡大、無配転落の発表の場では、思うように事業を拡大できなかったモバイル部門の人員削減に言及しただけで、具体的な業績回復策が語られることはなかった。今後、平井社長への引責辞任の圧力は高まるだろうが、社長交代したからといって、この状況が急に好転するとは考えにくい。