2020年からの数年間をすでに忘れている。「コロナ禍」が襲ったあの数年間を、だ。

漫画家の今日マチ子がコロナ禍に突入し、最初の緊急事態宣言が発出された直後の20年の4月13日から23年4月7日まで休まず続けた3冊の絵日記「わたしの#stayhome日記」。『Distance』『Essential』『From Tokyo』。コロナから解放された著者が旅に出た23年の1年をエッセイと画で記録した『きみのまち』。

柳瀬博一評 今日マチ子著 『きみのまち 歩く、旅する、書く、えがく』、わたしの#stayhome日記シリーズ『Distance』『Essential』『From Tokyo』
『きみのまち 歩く、旅する、書く、えがく』、わたしの#stayhome日記シリーズ『Distance』『Essential』『From Tokyo』
今日マチ子 著
rn press
本体価格 順に、2000、1500、1500、1600円+税

この4冊を時系列に読み進めると、著名人の感染死や各国の大量の感染死者数の報道に驚愕し、常にマスクで顔を隠し、外出を控え、必死で手を洗い、トイレットペーパーが売り切れ、外食はできなくなり、Uberが頼りとなり、朝の通勤通学電車はがらんどうとなり、仕事も授業もZoom頼りとなり、誰もがたった一人で小さな宇宙船に乗り孤独に旅していた日々やマスク常備から次第に解放され、そしてよその土地へ、海外へ気軽に行けるようになったときの喜びを、思い出せる。

コロナ禍の日本で、市井の人々は、どんな視線で、どんなファッションで、どんな空気の中で、日常を生き延びたか。100年後に振り返るとき、比類なき記録として、絵日記文学として、読み継がれるだろう作品群だ。

デビュー作『センネン画報』のときから著者の絵には、日常のディテール、登場人物の体と心の動き、そして一振りのファンタジーが盛り込まれていた。微分的な一瞬と積分的な物語が同時に描かれていた。その眼差しは未成熟な若い人に向けられていた。

本シリーズでも、日常が無声映画のように流れる。コロナ禍に突入した誰もいない雨の住宅街、休業中のタルト屋のディスプレーの星の光(素晴らしい一枚)、多摩川にかかる橋の街灯に座る2人の天使。そこかしこに天使がいる。天使が孤独な空間を埋め、孤独な少女に寄り添う。

この4冊を読むというのは、時間の旅だ。コロナ禍の東京の郊外の踏切、東日本大震災の被災地の海岸。コロナから解放され旅に出た台湾の街角で座り込みゲームをする小学生、伊勢の赤福店内で働く黒い制服の女性、新宿ビル街の夕焼け。どんなときでも、どんな場所でも、「日常」がある。その日常にはしかし、「非日常」が含まれている。

平凡な日などない。風景を、人を、そして自分の心を観察する。一枚の絵で、私たちに伝え続ける。絵日記の形で、観察を伝える。そうやって著者は宇宙船に閉じ込められたようなあの孤独な数年間をサバイバルした。

観察こそは、孤独や退屈な日常を、ささやかだがかけがえのない非日常に変えてくれる魔法だ。この魔法は、実は誰だって手に入れられる。もちろん今日マチ子の魔法には敵うはずはないけれど。

柳瀬博一(やなせ・ひろいち)
東京科学大学リベラルアーツ研究教育院教授
1964年、静岡県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日経マグロウヒル社(現・日経BP)に入社。「日経ビジネス」記者、単行本の編集などを経て、2018年より現職。著書に『国道16号線「日本」を創った道』『カワセミ都市トーキョー』、近著に『アンパンマンと日本人』(新潮新書)がある。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年1月17日号)の一部を再編集したものです。

(イラストレーション=保光敏将)

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