TBS時代の態度は高慢だった
そのためなのか、いくら「オールドメディア」と言われてもテレビ局員は全く気にしない。視聴者を見下しているので、どんなに批判されても「極端な人たちが何か文句を言っている」という認識になっているのだ。自分たちが肩入れする左派政党の支持率がいくら下がっても「国民は愚かだ」と嘆くばかりで、自分たちが世論からズレていることを気にも留めない。
いや、むしろ世論から離れていることを誇りに思っている節もある。自分たちこそがエリートであり、「正しい認識」を持っていると信じ込んでいるのである。だからこそポピュリズムに騙されている愚かな民衆をメディアを使って「正しい方向」に導いていかなければならないと考えるのだ。
恥ずかしながら私自身も、TBS時代は「マスゴミ」と呼ばれる風潮を小馬鹿にしていた。「大衆は何もわかっていない」と思い込んでいたのである。会社を辞めた今、いかに自分の態度が高慢だったか思い知らされている。
筑紫哲也氏が残した言葉の「解釈」
また、テレビマンのエリート意識を確信した出来事がある。TBS時代の会社の打ち上げで、とあるベテラン社員が酒も回って熱弁をふるっていた。筑紫哲也氏が存命の時にnews23のディレクターをしていた社員だった。「筑紫さんは『俺たちは逆櫓にならなきゃいけねぇ』と言っていた」と言う。
「逆櫓」とは、船を前後に自由に操作できるオールのような道具である。筑紫哲也氏は、「大衆が同じ方向に動いている時に、時にそれに疑問を投げかけ、あらゆる視点や選択肢を提示するのが報道の役割だ」と言いたかったのだろう。
しかし、その先輩社員は「世間が安倍政権(当時)に騙されている今、俺たちが報道でそれを止めなきゃいけない」と続けた。「逆櫓」は本来、後退も含めて自由に操作ができる道具を指すのだが、それを「後退すべきもの」と極端にとらえてしまっていたのだ。
「あらゆる選択肢」を提示すべき報道が、「大衆の動きとは逆方向に導くべきだ」というねじ曲がった解釈へと変わってしまっていたのである。これも大衆は愚かで、自分たちはエリートであるという認識がもたらしてしまった現実である。

