指揮官に突き付けられる「非情な決断」
したがって、絶対に譲れない事象に戦闘力を重点配備して、その他は思い切って捨てざるを得ない。この非情さがなければ、防御戦闘は戦えない。指揮官は捨てるという決断を求められる。
極端な例だが、次のような戦い方もあり得る。
島嶼での防御戦の真の相手を、ヘリボーン部隊と海上からの上陸部隊と見定める。
AI搭載自律型ドローンのスウォーム攻撃はその「前さばき」だ。ドローンの飛行時間には限界があり、戦わずにやり過ごす、という苦渋の選択だ。
この場合、ドローンは自由に攻撃できるので、自衛隊施設、港湾・空港、社会インフラならびに住民に大きな被害が出るであろう。“惨勝”という勝ち方もあるように、究極的に国土を保全できればよしとする非情の決断だ。
住民も国土も守るため、いま動くべき
島嶼展開部隊のこのような行動は、住民の保護を放棄することにつながり、太平洋戦争末期の沖縄戦の悲痛な教訓として語り継がれている、「軍隊は住民を守らない」が蒸し返される懸念が生じる。
住民を守り国土も防衛する、という二律背反的な行動は、言うは易く行なうは難しだ。現場指揮官は、歴史から裁かれることを覚悟して、最善と思われる行動をとらざるを得ない。その覚悟がなければ最前線の指揮官は務まらない。
部隊は絶対に譲れない事象――敵地上部隊を上陸させない――に備えて、ドローン跳梁時には、例えば自然洞窟のガマなどに身を潜め、ドローンの脅威が去った後に、対ヘリボーン戦闘および対上陸戦闘に専念する、という戦い方だ。
このような戦い方を現場の指揮官に強いてはいけない。しかし、現状のまま推移すると、必ずしもゼロとはいい切れない。このような状況を放置しているわが国の政治の現状と能天気ぶりを、厳しく糾弾したい。
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