「週末だけ大自然」では抜本的に変わらない

ただし、一時的に「森って気持ちいい!」「海って楽しい!」「大自然はすごい!」と感じるだけでは、そのときだけは心身が健康になるかもしれませんが、日常に戻るとまた不調になってしまいます。

都会でストレスを溜めて、週末は大自然の中に、というライフスタイルもありですが、抜本的には何も変わりません。

「自然」への解像度を高めながら、頭と身体の両方で、日々の営みのすべてがつねに自然とのつながりの中にあることを、腑に落としていただきたいと思うのです。

本書は、その解像度を上げるための論理は補完できますが、うずうずしてきたら、ぜひ、フィールドに出かけて、五感と内臓感覚を使いながら、自然との接続を取り戻していただきたいのです。

すると、自分と自然が溶け合い、自らの内的自然と外的自然が一体であることが全身で感じられるようになると思います。

かつて、自然とともに生きた私たちの先人は、このことを当たり前に身体化し、営みや社会の形成に応用していたものと思います。近代になって、切れてしまった接続を取り戻すことで、私たちは再び、文明を発展させながらも自然を豊かにしていくことができると思います。

それは、自分の利益でありながら、全体の利益を同時にもたらします。

都会には「人間以外の生命活動」がない

コロナ禍は、私たちにたくさんの示唆を与えてくれました。過剰な人類の活動が強制的に停止されたことで、スローダウンし、地に足のついた丁寧な暮らしに回帰していこうという流れも生まれました。

抑圧された自粛生活のなかで、閉塞感を感じ、土に触れる生活を求めて都市農園を持った人も多かったと思います。また、それに飽き足らず、地方に移住した人も多くいます。

私もその一人で、いま暮らしているのは、人口最少の鳥取県の、人口最少の町・江府町。たった2500人ほどの「源流の町」です(これを書いているうちに、2300人台に人口が減りましたが、27人差でビリから2番目になりました。2025年10月時点)。

コロナ禍の外出自粛期間に、東京のひと気のないブランドショップ街を歩いているときに、なんともいえない虚しさを覚えました。人間の活動が停止した東京は、完全に沈黙し、生命力を失っているように感じました。

人気のない都市の通り
写真=iStock.com/takemax
※写真はイメージです

コロナパンデミックから1年が経った2021年、前著『腸と森の「土」を育てる』(光文社新書)でご縁をいただいた、鳥取県のJリーグチーム・ガイナーレ鳥取のスタジアム横に、畑を開いたことをきっかけに、土に触れる生活が始まりました。植物や昆虫など、人間以外のさまざまな生き物と、日常的に触れ合うようになりました。

そうしてはっきりわかったことがあります。人間のためだけに最適化された都市では、人間以外の多様な生き物に触れる機会が、圧倒的に少なかったのです。

人間活動が停止したとしても、多様な生き物が息づく生態系に囲まれていれば、生命活動は停止することなく続きます。ですが、今の都市は、人間活動の停止は、そのまま生命活動の停止のように感じられました。

もちろん、コンクリートのすき間には雑草が盛り上がり、街路樹には鳥も来て、近所には森林公園もあります。ただ、多くの面積がコンクリートに囲まれた都市空間では、それらに対する感受性すら失われていたように思います。