手紙の差出人に編集部がどよめいた

2月1日から3月7日まで毎回約1500字、計35回にわたった連載では、出生から少年時代、上京、兵役、そして代議士になるまでの約30年間が描かれている。

欠端大林・文/山本皓一・写真『角栄語録 愛と理』(プレジデント社)
欠端大林・文/山本皓一・写真『角栄語録 愛と理』(プレジデント社)

それだけではない。当時、この連載を読んで日経の編集部にこんな手紙を送った人物がいる。

〈貴紙連載中の田中角栄氏による『私の履歴書』を愛読しております。文章は達意平明、内容また読む者の胸を打つ。筆者によろしくお伝えください〉

まがりなりにも相手は自民党幹事長である。“筆者によろしく”とはいったい何者か――。

差出人を見て、日経の編集部がどよめいた。「日本を代表する知性」と目され、近代批評の創始者として名高い文芸評論家の小林秀雄その人であった。

「小林秀雄って誰だ?」

小林の手紙は、すぐに田中角栄のもとに転送された。だが、角栄の反応は意外なものだった。

「小林秀雄って誰だ?」

秘書の早坂茂三が端的に説明した。

「日本でいちばん偉い批評家です」

すると角栄は相好を崩し上機嫌になった。

「そうか。それなら眞紀子に自慢できる」