“政宗に毒を盛れ”と仕向けたように描かれた

なぜか?

冒頭で述べた『独眼竜政宗』のせいである。

1987年当時の原田芳雄は、まさに脂がのりきっていた時期で、アウトロー俳優としての凄みを蓄積し続けていた頃だ。そんな原田が全力で演じた義光は、妹・義姫(岩下志麻)を心理的に追い詰め、政宗の食膳に毒を盛らせる策謀家として描かれているのだ。

しかもジェームス三木の脚本は、血縁同士の憎悪と葛藤を最大限に煽る構造になっている。圧巻は第21回「修羅の母」だ。

義光は義姫に対し、小田原に遅参した政宗はもはや秀吉に打ち首にされるしかないと告げる。狼狽する義姫に「伊達には弟の小次郎がいる。俺が後見して小田原に連れて行ってもよい」と代替案まで提示する。政宗を蟄居させるのかと問う義姫に、義光は「それでは秀吉の怒りは治まらない。首をはねて献上するのじゃ、お家が大事か! 政宗が大事か!」と畳み掛ける。

さらに義光は領民の苦しみまで持ち出して義姫を追い詰める。放心状態の義姫が「伊達家に政宗を討てるものなどおりませぬ」と呟くと、義光は静かに返す。「お前がおるではないか、毒を盛ればいいのだ」。

最上義光肖像画
最上義光肖像画(写真=Odaodaoda1128/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

演技と演出も容赦がない

しかもこのシーンの恐ろしさは原田だけではない。義姫を演じる岩下志麻の演技もまた凄まじい。義光に追い詰められるにつれて、毅然とした女傑だったはずの義姫が、みるみる正気を失っていく。その変容を岩下は全身で表現した。

さらに演出も容赦がない。義光と義姫が対峙する山形城の部屋は、会話が進むにつれてじわじわと暗くなっていく。義光の言葉が義姫の心を蝕むのと同期するように、画面から光が失われていくのだ。台詞だけでなく、映像そのものが「ここは地獄だ」と語りかけてくる。

原田芳雄の凄みと、岩下志麻の崩壊と、部屋を蝕む闇と、ジェームス三木の筆力と、47.8パーセントという視聴率が組み合わさった結果、「最上義光=陰湿な策謀家」というイメージは日本全国の茶の間に焼き付けられた。その強烈な悪役像は、放送から40年近くたった今も残っている。