退職金を割増でもらえる早期退職の募集に、もし自分が直面したらどうするか。実際に決断を下した3人に、よかったことと後悔していることを聞いた――。

【ケース2】応じた人
試算した結果「63歳で貯金が尽きる」と判明
それでもキリンビール管理職を辞め俳優へ

営業時代に鍛えた図々しさが役に立った

現在、テレビドラマや舞台に出演する俳優の山田直祈なおきさん(60)は、6年前までキリンビールの営業担当部長だった。

立教大学法学部を卒業後、キリン・シーグラムに入社。2001年にキリンビールと営業部門が統合され、キリンビール勤務になる。当初から飲食店や酒販店などを担当する営業一筋だ。

早期退職制度について人事から説明を受けたのは、50歳のときだった。

「昇進試験に合格しなければ、57歳で役職がなくなり、年収が半分になる。辞めるのが若ければ若いほど退職金が増えると聞きました」

昇進試験の内容は、経営戦略を問うペーパーテスト。同僚のなかには早いうちからビジネススクールに通って対策を立てる人もいた。しかし山田さんはそんな気になれなかった。

「若いころは部活の延長みたいに、仲間と楽しく仕事ができました。でもキリンビールと統合して会社が大きくなると、給料は上がったけれど、人数が増えたぶん人間関係も希薄になる。寂しさを感じましたね」

こう当時を振り返る。仕事への熱意が薄れるにつれ、ミスも増えてきた。そして54歳のとき、「今年辞めれば、約2年分の年収に匹敵するくらいの金額が退職金に上乗せされる」という内容のキャンペーンがあった。「これで家のローンの残りを返済し、まだ身体が動くうちに、幼いころからの夢だった俳優を目指そう」と決意する。

山田さんが小学生のころ、「ケーキ屋ケンちゃん」という自分と同じ年ごろの子役が活躍するテレビドラマシリーズが大人気だった。「自分もお芝居をやりたい」と親に訴えると却下されたが、学芸会など人前で何かをするのが好きな子供だった。中学に入ると音楽に目覚め、バンドを結成。社会人になっても定期的にライブ活動をすることで自己顕示欲をなんとか満たしていたが、会社を辞めて本格的に演技の勉強を始めれば、昔からの夢がかなうかもしれない。

いざというときに使える程度の貯金はある。加えて退職金もある。ただし計算すると、63歳で銀行口座が空っぽになることがわかった。でもそのときは年金を前倒しでもらって、細々と暮らしていけばいい。妻に相談すると、「あなたが本気でやりたいなら」と賛成してくれた。

「ところが、このときの計算には、うかつにも妻の日々の生活費が入っていなかったんです。僕も妻もお金に無頓着。お金がないならないで質素な生活が苦にならないタイプだからこそ、早期退職ができたのかもしれません」

(文=長山清子 撮影=ミヤジシンゴ(山田さん))