現代の出世競争にも似た顛末

信栄は2人の養子を迎え、佐久間信勝に2000石、佐久間信重に1000石を譲った。信勝は柴田勝重(柴田勝家の養孫)の次男で、嗣子がなく廃絶となった。信重は、信盛の弟・佐久間信直の次男で、子孫は800石を領する旗本となった。

一方、残り3人の子孫だが、もっとも出世したのは丹羽氏勝の子孫で、織田信雄に仕えた後、徳川家の家臣となり、江戸時代には大名として存続した(安藤守就・林秀貞には「自称」子孫がいるがかなり怪しい)。結果的に断絶してしまった豊臣家よりもラッキーな家運だった。

それは現代の企業内派閥抗争や人生の流転に似ているのかも知れない。主流派にいたと思っていたら更迭されたり、窓際から大抜擢されたり、再就職に成功するケースもあれば、退職後に熟年離婚を告げられたりする。おじさんたちの意外なしぶとさは、今も昔も変わらないものなのだ。

【図表】佐久間家の系譜
筆者作成
菊地 浩之(きくち・ひろゆき)
経営史学者・系図研究者

1963年北海道生まれ。國學院大學経済学部を卒業後、ソフトウェア会社に入社。勤務の傍ら、論文・著作を発表。06年、國學院大學博士(経済学)号を取得。著書に『財閥と閨閥 10大財閥の婚姻戦略』『財閥と学閥 三菱・三井・住友・安田、エリートの系図』『最新版 日本の15大財閥』『織田家臣団の系図』『豊臣家臣団の系図』『徳川家臣団の系図』(角川新書)、『企業集団の形成と解体』(日本経済評論社)、『日本の地方財閥30家』(平凡社新書)、『一目で流れがわかる業界変遷100年史』(KADOKAWA)など。