危機に笑って立ち向かう
長いインタビューの間、わたしはあることに気づいた。新納は早口にはならない。ゆっくりと確かめながら話す。ひと呼吸、おいて、話す内容を考えてから言葉にする。
部下に話を聞いたら、新納の仕事のやり方は慎重だという。報告を聞いたからといって瞬間的に判断はしない。ひと呼吸おいて、判断する。また、日ごろのスケジュールも詰め込んだりはしない。会議、打ち合わせ、現場への訪問……、すべて、間を空けておく。そうすれば少し、時間がオーバーしても後ろの予定を気にすることなく業務を執行できる。
わたし自身はスケジュールを詰め込むことを快感としていた。移動時間をなるべく少なく見積もって予定を立てていた。すると、毎回とは言わないが、遅刻することがある。遅刻しなくても、移動中に「ぎりぎりの時間になってしまいます。すみません」と相手に連絡しなければならなくなる。予定を詰め込むことで余計な仕事をする羽目になる。
これからは新納を見習おうと思った。ひと呼吸おくことは必要だ。
新納や同社の人たちは日々、事故や災害と向かい合っている。事故や災害と向かい合いながら、保険契約の加入者を見守っている。彼らはつねに、いつ起こるかわからない危険に備えている。だからといって毎日、張り詰めた糸のような生活をしていれば、いつか切れてしまう。
わたしたちは一世一代の大きな危機には腹を決めて対処できるのではないか。戦争や大災害であれば、おのずと心構えができる。
『あしながおじさん』の教訓に学べ
しかし、毎日の小さな危険、ささいなトラブルにはなかなか対応できない。
『あしながおじさん』(J・ウェブスター)の主人公、孤児のジェルーシャ・アボットはわたしが書いたのと同じ内容をもっと上手に伝えている。同書は子ども向けの小説と思いきや、思索的で、なおかつ含蓄のある言葉が並んでいる。
「こんなに落ちこむできごとが続くなんて、おじさまは聞いたことがありますか。人格が求められるのは、人生における大きなトラブルではありません。だれだって危機的状況に置かれれば立ち上がり、勇気を持って押しつぶされそうな悲劇に立ち向かうことができます。でも、一日のささいな危険に笑って立ち向かうのは――気力がいるとつくづく思います。」
あいおいニッセイ同和損保の社長、新納啓介はジェルーシャと同じだ。毎日のささいな危険に対して笑って立ち向かっている。損害保険会社の社長に休みはない。傍目からはわからないけれど、いつ起こるかわからない危険、災害に備えて一日を送っている。

