こんなに衰えるとは思わなかった
つい最近まで、いづみさん家族と2世帯住宅で暮らし、一人で食事を作り、一人の世界で生きていたが、昨年から施設で暮らすようになった。
「100歳ってエンドだと思っていたけど、まだ先がありそうね。でも私、こんなに衰えるとは思わなかった。実際、できないことがいっぱい増えて。鉛筆がね、この前、持てなかったの。手が滑って。閃いた言葉は、ちゃんとそこで書いておかないといけない。閃いた言葉は本当に逃げやすいから。今は、子ども用のグリップを鉛筆に巻いているの」
グリップを付けてでも、舞い降りた言葉は逃さない。そんな春日さんに「歌を作るとは?」と尋ねたところ、間髪入れず、「まず、鉛筆を持つこと」。またもや、“まきこみサーブ”だ。
訪ねたのは桜が散り、新緑が始まった頃だった。春日さんが、目を輝かす。
「どっと! どっと! って、緑化が始まっていますよ。目の前のどっと! どっと! って緑化したものを前に、自分もそうなりたいし、言葉もそうさせたい。そのために、どうするか。その辺で、勝負が決まるんじゃないですか」
車椅子に座り、切り取られた窓からじっと眼を凝らす。そこには、春日さんの“眼”にしか、見えないものがある。目の前で繰り広げられる木々の溢れんばかりのパワーとエネルギーに、わが身と言葉を一体化したいと熱く切望する。なんと貪欲な生命力なのか、歌人としての性なのか。
「ヘッセの『人間は成熟するにつれて、若くなる』という言葉はいつも、頭の中にあるんです。100歳近くの人が周囲にいますけど、みんな、何を考えて生きているのかなーってふっと思う時があります。本当に、短歌があってよかったなーって。退屈だなんて思わないもの。100歳になっても、まだまだできると思う。残る歌を作っておけば、100歳まで生きた証になるでしょ。初めて、100歳の証になる」
まきこみサーブ
『宇宙卵』の巻頭に置かれた歌がこれだ。
そして、『宇宙卵』はこの歌で締めくくられる。
インタビューの途中、ティッシュを手に春日さんは突然、こう言い出した。
「鼻ばっかりかんでるって、書かないでよ」
全員が大爆笑の後、忘れられない名言を春日さんは残す。
「鼻は勝手に出てくるけど、歌は勝手に出てこない。歌は大変だけど、鼻は勝手」
春日さんの“まきこみサーブ”をどう返すか、次に会うときまでの宿題だ。腕をちゃんと磨かなきゃ。
(注)まきこみサーブ:卓球のサーブの技術。手首を外側から内側に巻き込むようにして打ち、ボールに反時計回りの回転をかけ、相手を翻弄するものだが、『宇宙卵』には、春日真木子のまきこにかけて「まきこみサーブ」の章がある。その中の一首。
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)、『母と娘。それでも生きることにした』(集英社インターナショナル)などがある。