三笠宮家の動きは“養子縁組”への布石か

ここで少し話を変える。

2025年、三笠宮家の彬子さまが三笠宮家の当主になった。同時に、母の信子さまも「三笠宮寛仁親王妃家」を創設した。「皇室に生まれた女性」が当主になったのも、「民間から嫁いだ女性」が宮家をつくったのも、1889年に旧皇室典範が制定されて以降、初めてという。

2019年の即位式における三笠宮彬子女王殿下
2019年の即位式における三笠宮彬子女王殿下(写真=産経ニュース/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons

三笠宮家には彬子さまの父・寛仁さまを筆頭に男子が3人いたが、3人とも亡くなり、後を守っていた三笠宮妃百合子さまも24年に亡くなった。当主不在という事態に加え、“母子の不和”もあり、彬子当主、三笠宮寛仁親王妃家の誕生となった。