なぜ、名経営者たちは聴衆を引きつけ、人を動かせるのか。音声、しぐさ、パフォーマンスの権威が映像を徹底分析したところ、本人も気づかないような意外な事実が見えてきた。

京セラと第二電電(現KDDI)の創業者であり、10年から日本航空の再建に取り組んできた稲盛和夫さん。若手企業家を育てる「盛和塾」を主宰するほか、独自の「アメーバ経営」で世の経営者たちから尊敬を集めるカリスマ経営者の1人だ。

日航会長に就任して1年後、日本記者クラブにゲストスピーカーとして招かれたときの映像がある。稲盛さんは40分以上の長いスピーチを淡々と進め、取り組みと再建の苦労を静かに語っていく。

「声は素人ですね。腹式発声ができていない。1分間に354字はよい話速ですが、途中で大きく間があくことがあります。これはおそらく自分が考えるための間だと思いますが、相手の理解を助けるための意図的な間であれば、もっと聞きやすくなったでしょう」(日本音響研究所所長・鈴木松美氏)

稲盛さんはスピーチの最中、視線は手元の原稿に向けたままで、顔を上げる瞬間は数えるほどしかない。また、原稿をめくる合間に両手を頻繁に組み替える動作が見られる。

「これはストレスを感じたときに外部環境に適応するための動作。パフォーマンス学ではadaptersと呼んでいます。女性の枝毛むしりもその1つです」(日本大学芸術学部教授・佐藤綾子氏)

「単純動作を繰り返すと緊張がほぐれます。喫茶店で話しながら無意識に手でおしぼりを畳んだり開いたりするのと同じ。人前で話すのがもともと苦手な人ではありませんから、記者クラブでJALの会長としてスピーチするという状況の問題だという気がします」(デジタルハリウッド大学教授・匠英一氏)

カリスマ経営者といえども12年で80歳。かつての迫力がなくて当然といえるが、たとえ、アイコンタクトによる力強さが感じられなくても、柔らかい語り口は安心感を抱かせ、聴衆を引きつけるところがある。

「稲盛さんには京セラ時代から何度かお目にかかってますが、本来の稲盛スタイルは熱意にあふれたパワフルな話し方です。現在は、枯淡の境地というか、余分なエネルギーを使わなくなっています。もう自然体ですね」(佐藤氏)