洋食推進キャンペーンの数々
この本が書かれた当時、日本国内の各地で「洋食推進運動」が実施された。中でも目を引いた「キッチンカー」をご記憶の読者もいるかと思う。台所を備え付けたバスが日本全国の津々浦々を巡回し、小麦を中心とする「粉食」を説いてまわったのだ。
このキッチンカーに象徴されるアメリカ産小麦の対日輸出キャンペーンには、主役ともいうべき人物がいた。それが、アメリカの小麦生産者組織(アメリカ西部小麦連合会)を率いた、「小麦のキッシンジャー」ことリチャード・バウム氏だ。
バウム氏らは何度も日本に足を運び、厚生省や同省所管の「日本食生活協会」に資金協力して前述のキッチンカーを走らせたほか、農林省所管「全国食生活改善協会」を通じた製パン業界の育成や、文部省所管「全国学校給食会連合会」を通じた学校給食の農村普及事業も行われた。
小麦を日本に普及させるためのこれらの事業はすべて、アメリカのお金で動かされていたのだ。
日本が背負った「宿命」
アメリカ側の働きかけは小麦だけにとどまらなかった。日本の肉食化を推進するため、食肉用家畜に与える飼料の市場開拓も行われた。
肉食化キャンペーンの仕掛人であるクラレンス・パンビー氏(アメリカ飼料穀物協会)らの働きかけを受けて「日本飼料協会」が発足し、飼料産業の育成、アメリカ産飼料を必要とする種鶏の導入、消費者PRなどを展開した。
日本の酪農・畜産はこのおかげで発展できたが、それは、アメリカにとっての余剰とうもろこし・大豆のはけ口になるということでもあった。
アメリカの輸入飼料に依存してきたため、現在のような世界的な飼料穀物価格の高騰で窮地に陥るという宿命を負ってしまったのである。

