濱田 浩一郎 (はまだ・こういちろう)

濱田 浩一郎
歴史研究者
1983年生まれ、兵庫県相生市出身。歴史学者、作家、評論家。姫路日ノ本短期大学・姫路獨協大学講師・大阪観光大学観光学研究所客員研究員を経て、現在は武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー、日本文藝家協会会員。歴史研究機構代表取締役。著書に『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『超口語訳 方丈記』(彩図社文庫)、『日本人はこうして戦争をしてきた』(青林堂)、『昔とはここまで違う!歴史教科書の新常識』(彩図社)など。近著は『北条義時 鎌倉幕府を乗っ取った武将の真実』(星海社新書)。
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「独眼竜」のイメージから程遠い…朝起きたら虎の毛皮の上でタバコを一服から始まる伊達政宗の意外すぎる日常
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徳川秀忠に仕えていた頃の貴重な日常の記録を再現「独眼竜」のイメージから程遠い…朝起きたら虎の毛皮の上でタバコを一服から始まる伊達政宗の意外すぎる日常

濱田 浩一郎

松平定信の出版統制令は浮世絵師・喜多川歌麿の生きる気力を奪った…庶民を締め付け表現の自由を奪う愚策
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2025年大河ドラマ「べらぼう」主人公の蔦屋重三郎もあおりをくった松平定信の出版統制令は浮世絵師・喜多川歌麿の生きる気力を奪った…庶民を締め付け表現の自由を奪う愚策

濱田 浩一郎

現代の大臣には期待できないストイックさ…松平定信は「国民が困窮しないように」命懸けで祈願し国政を執った
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「性交は子作りのためで情欲には耐えられる」慎み深い政治家現代の大臣には期待できないストイックさ…松平定信は「国民が困窮しないように」命懸けで祈願し国政を執った

濱田 浩一郎

10代将軍家治は田沼意次の言いなりだったわけではない…緊急の登城に遅れた田沼を叱りつけた意外な「将軍力」
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家治は吉宗から帝王学を学び聡明で謙虚だった10代将軍家治は田沼意次の言いなりだったわけではない…緊急の登城に遅れた田沼を叱りつけた意外な「将軍力」

濱田 浩一郎

10代将軍の正室・倫子は宮家から嫁ぎ34年の生涯を駆け抜けた…夫婦仲良好も側室を拒否できない御台所の苦悩
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徳川家治は祖父の吉宗に認められるほど聡明だった10代将軍の正室・倫子は宮家から嫁ぎ34年の生涯を駆け抜けた…夫婦仲良好も側室を拒否できない御台所の苦悩

濱田 浩一郎

千姫は夫の秀頼を殺した家康を恨んでいたわけではない…再婚後も「徳川の姫」として生きた波乱万丈の70年
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祖父が家康で義母は淀君という戦国のラストプリンセスの生涯千姫は夫の秀頼を殺した家康を恨んでいたわけではない…再婚後も「徳川の姫」として生きた波乱万丈の70年

濱田 浩一郎

家康に切腹を覚悟させた真田信繁のツワモノぶり…大坂夏の陣で家康本陣を切り崩したラストサムライの最期
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豊臣秀頼が出馬していれば家康を打ち取れたかもしれない家康に切腹を覚悟させた真田信繁のツワモノぶり…大坂夏の陣で家康本陣を切り崩したラストサムライの最期

濱田 浩一郎

天下人の息子・徳川秀忠と豊臣秀頼の運命を分けたもの…
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平時にはうってつけの指導者だった天下人の息子・徳川秀忠と豊臣秀頼の運命を分けたもの…"いい子ちゃん"の秀忠が二代目として成功した理由

濱田 浩一郎

家康はなぜ石田三成を絶体絶命のピンチから救ったのか…家臣から殺せと言われても三成をかばった本当の理由
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三成襲撃事件を解決し政局ナンバーワンに家康はなぜ石田三成を絶体絶命のピンチから救ったのか…家臣から殺せと言われても三成をかばった本当の理由

濱田 浩一郎

死期が近づいた秀吉は本当に淀君に翻弄され正気を失っていたのか…遺言状から読み取る天下人の最期
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手紙には残虐・冷酷だけではない秀吉の人情味が残る死期が近づいた秀吉は本当に淀君に翻弄され正気を失っていたのか…遺言状から読み取る天下人の最期

濱田 浩一郎

暴走する秀吉を誰も止められなかった…名だたる武将が出兵する中、なぜ家康は朝鮮出兵を回避できたのか
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家康は「海を渡って戦いたい」と申し出ていた暴走する秀吉を誰も止められなかった…名だたる武将が出兵する中、なぜ家康は朝鮮出兵を回避できたのか

濱田 浩一郎

家康と三成は宿敵ではない…関ヶ原で負けボロボロの姿で捕まった三成を「医者に診せよ」と言った家康の真意
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処刑される直前に三成が平常心で望んだこと家康と三成は宿敵ではない…関ヶ原で負けボロボロの姿で捕まった三成を「医者に診せよ」と言った家康の真意

濱田 浩一郎

「豊臣秀頼は本当に秀吉の実子だったのか」女性に囲まれていた秀吉が50代になって急に子宝に恵まれる不思議
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豊臣家最大の謎を解く鍵は直筆の手紙にある「豊臣秀頼は本当に秀吉の実子だったのか」女性に囲まれていた秀吉が50代になって急に子宝に恵まれる不思議

濱田 浩一郎

44歳で無理やり離縁させられ家康と再婚するも、4年後に死去…「人権無視」の兄・秀吉に翻弄された旭姫の悲劇
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家康は「自分が殺されても旭姫を殺すな」と言い渡した44歳で無理やり離縁させられ家康と再婚するも、4年後に死去…「人権無視」の兄・秀吉に翻弄された旭姫の悲劇

濱田 浩一郎

NHK大河ドラマの「ダメ息子描写」は誇張しすぎ…秀吉と家康の間を取り持った織田信雄の「すごい政治力」
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信長の次男として乱世を生き抜き天寿を全うしたNHK大河ドラマの「ダメ息子描写」は誇張しすぎ…秀吉と家康の間を取り持った織田信雄の「すごい政治力」

濱田 浩一郎

「極悪の欲情が秀吉の全身を支配した」と書かれる女好き…秀吉が信長の姪・茶々を側室にした跡継ぎ以外の目的
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50歳を過ぎて若い娘を多数囲ったという天下人の肉欲と野望「極悪の欲情が秀吉の全身を支配した」と書かれる女好き…秀吉が信長の姪・茶々を側室にした跡継ぎ以外の目的

濱田 浩一郎

仕事でリーダーを目指し、高みを目指して生きる。情熱を持って働き続けたい、女性のためのサイトです。