FV_澤上篤人さん長期投資編

「オルカン一択で長期投資」――新NISAで投資を始めた人の中には、インデックス投信での長期運用を心に決めている人もいるだろう。果たしてこの選択は正しいのだろうか。今後の投資方針を決めるために今知っておくべき基礎知識を、長年にわたり長期投資の普及と啓発に尽力してきたさわかみ投信創業者・澤上篤人さんが伝授する。

新NISA、「制度は素晴らしい」が「導入時期は最悪」

2024年1月から始まった新NISAをきっかけに投資を始めたものの、このところの相場の乱高下で不安を募らせている人も多いのではないだろうか。私は当初から、「新NISAの制度は素晴らしいが、スタートのタイミングは最悪」と言ってきた。いまそれが現実になっている。

新NISAの制度が素晴らしいのは、非課税の期間が恒久化されたことだ。旧NISAにも積み立て投資が可能な「つみたてNISA」があったが、非課税の期間は20年だった。これは最悪だ。積み立て投資は15年が経過したころから複利効果が効いてきて、急激に資産が増え始める。ところが非課税期間が20年と決められていると、その前に売却しようとする。税金を気にして、長期投資の醍醐味を味わう前に売ってしまっては意味がない。

だから、私が設定した長期保有型の本格派投信「さわかみファンド」は「つみたてNISA」の対象商品とはしなかった。「つみたてNISA」には200本以上の投資信託が対象商品となっていたが、「さわかみファンド」はあえて参加しなかったのだ。

「さわかみファンド」は、“本物の長期投資”を実践してもらうため1999年8月に設定した。その翌日から、積み立て投資の制度設計を始めた。なぜなら、投資信託を積立購入できる仕組みがこの世に存在しなかったからだ。当時の私はすでに長期投資を30年実践しており、積み立て投資の素晴らしさを実感していたからつくるしかなかった。

しかし、まったく新しい仕組みだったため、当時の大蔵省(現財務省)の認可を得るのは簡単ではなかった。何度も粘り強く交渉して、1999年11月に世界で初めて投資信託の積立制度が誕生したのだ。

「さわかみファンド」が本物の長期投資で実現したいのは、次世代に素晴らしい社会を残すことだ。どんな未来を引き継げばいいのか、その未来像を描き実現するために必要不可欠な企業を応援しようと投資する。それには長期の積み立て投資が有効だ。

澤上篤人さん_長期投資編

投資経験、欧米との差は“たかだか40年”程度

日本人は欧米人と比較して投資ベタだといわれている。しかし、悲観する必要はない。たしかに、現在の個人資産の状況を見ると、米国人は個人資産のうち現金・預金12%なのに対し、約53%を株式や投資信託で保有している(日本銀行調査統計局「資金循環の日米欧比較」2024年8月30日)。それに対して日本人は約51%を現金・預金で保有している。

ただ、米国にしても1980年においては投資信託の割合はたったの1%ほどだった。米国では1980年代以降に急速に個人の投資が普及したのだ。ドイツやフランス、イタリアも同じだ。

つまり、欧米人は投資に慣れているといっても、日本とはたかだか40年程度の差しかない。ここから始めても決して遅くない。ただ、欧米人が経験を積んできた40年の間には2000年のITバブル崩壊や2008年のリーマンショックなど、金融市場を揺るがす出来事があった。欧米人はそれを経験しながら投資に慣れてきた。

日本人もこれから投資を実践していく中で、さまざまな経験をするだろう。長期投資で楽しみながら慣れていけばいい。

新NISAで大人気の「インデックス運用」は冬の時代に突入

冒頭で「新NISAは素晴らしい制度だが、導入のタイミングは最悪」と述べた理由、それは株価はじめ世界のマーケット全般が40年越しの上昇を終えようとしているからだ。インデックス運用が爆発的に伸びたが、それも一段落しつつある。

いま新NISAで多くの人がオルカン(eMAXIS Slim 全世界株式=オール・カントリー)を買っている。しかし、オルカンのようなインデックス運用の投資信託では、今後10年ほどは成果が出しにくくなる。代わりに注目されるのはアクティブ運用の投資信託や個別株投資だ。

なぜ、これまではインデックス運用でも成果を出すことができたのか。それには理由がある。過去40年間ずっと、世界の金融市場では株式も債券も価格が上昇し、長期金利は低下してきた。その結果、何を買っても利益が得られる状況だったのだ。運用の差が出にくいから、インデックス運用でもよかった。

インデックス運用が好調だった2つの理由

こんな状態が長く続いた背景には2つの理由がある。1つは年金資金が金融市場に入ってきたことだ。1960年代の終わりから1970年代の前半にかけて、先進国を中心に公的年金の制度が整備された。その結果、ものすごい勢いで年金の積み立てが始まった。とくに1970年代後半からは年金の積み立てが加速、その資金を運用するために株式や債券がどんどん買われた。 それで、株式も債券も上がってきたのだ。

もう1つは過剰流動性だ。1970年代から1980年代の前半にかけて2度の石油ショックで世界経済はズタズタになり、各国は景気対策予算をどんどん注ぎ込んだ。また、2度の石油ショックでエネルギー価格が10倍となって、それで世界的なインフレが起きて金利が急上昇した。しかし、1983年以降は、金利がずっと下がり続けてきた。この40年間は世界中が立て続けに金融緩和を実施したために市場にお金があふれ、過剰流動性の状態がずっと続いた。あふれた資金が向かったのが株式や債券だ。

このように過剰流動性と年金資金の増加による爆買いによって、過去40年間は株式も債券もずっと上がってきたわけだ。

ところがここにきて、世界的なインフレ圧力で金利が上がり、カネ膨れしてきたマーケットに刃が突きささってきた。また、買い一方できた年金資金も逆回転が始まろうとしている。年金制度が整っているのは主に先進国で、その先進国では高齢化が進んでいる。

10年ほど前からは毎年の保険料収入よりも、保険給付金が上回ってきている。年金資金には莫大な金額がプールされているため、年金資金の減少はまだあまり目立たないが、年金マネーによる株買いにもいずれブレーキがかかっていくのはたしかだ。

暴落の後に本質的な投資環境が訪れる

これまで株価や債券価格を上昇させてきた2つの要因が逆回転し始めているから、大暴落が起こるのは必至といえる。そして、暴落の後にはカネ余りのマーケットではなく、より本質的な投資環境が戻ってくる。

それは景気の大きなうねりを先取りするようにして、アセットアロケーション(資産配分)を切り替えていく考え方だ。景気は良くなったり、悪くなったりする。景気が悪くなると株価が下がる。このときには株式を買う。

景気の悪いときは金利を引き下げて、企業が資金調達をしやすくする。そのうち企業活動が活発になり景気が良くなると、金利は上がり始める。金利が上がれば金利収入を得るだけでも十分な投資になるから、株式は売却して現金運用で金利収入を得るのがいい。

しかし、金利が上がりすぎると企業活動は鈍くなり、設備投資もあまりしなくなり、景気は徐々に悪くなっていく。景気が悪くなると金利が徐々に下がり始めるから、そこで債券を買うのがいい。金利が下がると債券の価格は上がるので、債券を買うのは金利低下時だけだ。

景気のうねりに沿って資産配分を変えていくのが投資の鉄則

このようにアセットアロケーションは株式→現金→債券→株式…と切り替えていくのが長期投資の鉄則となる。しかし、この40年間は株式も債券もすべてが上がっていたのでアセットアロケーションの切り替えの出番がなかった。だから、インデックス運用の単純さでも成果が得られたのだ。

その状況がいま変わりつつある。今後はインデックス運用一本ヤリだけでは、利益は得られなくなる。「投資はインデックス運用だけ」と考えている人は、その点を覚悟してほしい。

何でも上がる時代は終わり、投資先をしっかり見極める必要がある今、私がすすめているのは、「アクティブファンド」と「個別株投資」を組み合わせて運用する方法だ。

私は「将来のためのお金など“生活の匂いのするお金”はすべて、まともな長期運用をしてくれる信頼できる投資信託ファンドに入れておけ」と言っている。そして、手元に残ったお金は、知的好奇心も含めて好きな会社や応援したい会社の株式で運用する。最初は大きなお金を個別株で運用するのは難しいから、50万円程度から始めるのがいいだろう。

このときに絶対守ってほしい2つの条件がある。1つめは計算しないこと。だいぶ儲かっているとか、計算を始めた途端にマーケットを意識するようになるから、判断が狂ってしまうのだ。2つめは、損得を気にせず軽やかに投資できる“金額のワク”を守ること。個別株投資では、投資資金が大きく目減りすることもある。そのときに耐えられなくなって、投資をやめてしまっては意味がない。自分の投資キャパを見極めて、その範囲で投資することが重要だ。

「仕事」と「投資」の両足で立てば、お金の不安は消える

投資は「お金に働いてもらう」ことに他ならない。多くの人は自分の生活を成り立たせるため、一生懸命に働いている。働くのが「右足」とすれば、お金に働いてもらうのは「左足」といえる。片足で立つよりも両足を地に着けたほうが安定する。

だからこそ、仕事をして収入を得ると同時に、将来に向けてゆっくりお金に働いてもらうのが本来の投資といえる。将来というのは10年、20年先、若い世代にとっては40年、50年先のことだから、今年や来年の成果に一喜一憂する必要はない。

将来どんな社会を実現したいのか、どんな世界に住みたいのか、その夢を実現するために投資をする。投資で思い描く社会を少しずつつくっていくわけだ。

お金に働いてもらうということは「儲けようとする」ことではない。企業が必要としているときや、その企業の株式が大きく売られているときに、「頑張ってね」と応援することだ。そうすると、お金を受け取った企業は、業績が拡大したりマーケット環境が良くなったりしたときに「ありがとう」という感謝の言葉とともに、少しずつお金を返してくれる。あるいは、株価が上昇してくる。それがリターンだ。投資のリターンには本来「戻る」という意味しかない。「稼ぐ」とか「サヤ を抜く」という意味は含まれていない。

では、どんな企業を応援すればいいのか。まず、10年先、20年先も頑張ってくれる企業でなくてはならない。そういう企業と頑張って共に生きていくのが本当の投資であり、お金に働いてもらうことになる。

「本格派のアクティブファンド」と「個別株」を組み合わせて、ぜひ本物の長期投資にチャレンジしてほしい。

(取材協力=澤上篤人 執筆=向山 勇 撮影=市来朋久)