ここでは、寅子が何度か歌う「モン・パパ」に注目してみたい。「うちのパパとうちのママと並んだとき、大きくてきれいなのはママ~」から始まる、あの歌である。

この歌は、フランスのシャンソン歌手ジョルジュ・ミルトンが映画『巴里っ子』で歌った「セ・プール・モン・パパ(私のパパのために)」という歌がオリジナルである。

この歌は大阪松竹歌劇団のレヴューでも歌われ、エノケンこと榎本健一が歌って大ヒットした。当時、かなり広く人気を得た歌であったことが伺える。

さて、この歌はどう解釈すべきだろうか。この歌は、大きいのはママ、小さいのはパパ、大きな声で怒鳴るのはママ、小さな声で謝るのはパパ、という感じで、従来のジェンダー的な階層秩序をひっくり返しているようにまずは見える。

またそれは、寅子の実際の両親、直言とはるとの関係を歌っているようにも見える。(実際、寅子が兄の結婚式でそれを歌う時には、直言はこの歌のパパのように、ひょうきんに踊る。)

寅子は「怒っている」時に「モン・パパ」を歌う

だが、寅子はどんな時にこれを歌うのだろうか。それは彼女が「怒っている」時である。

第4話で結婚式で歌う際には、尾野真千子によるナレーションが「なんでみんなスンっとしてるんだ? なんでなんだ? 怒りのこもった寅子の熱唱は迫力があったと、参列者にはとても好評でした」と歌の場面を受け継いでいる。

次に歌ったのは第6話、そして第28話で、共に戦ってきた同級生の崔香淑が朝鮮に帰国することを強いられた際(この直後には、華族令嬢の同級生・桜川涼子が、父が芸者と駆け落ちしたためにやはり受験を断念する場面が続く)、そして第30話である。

この第30話の演出は特筆すべきだ。寅子は、同級生の山田よねの訪問を受ける。彼女は、過去のトラウマから男装を崩さないのだが、高等試験の面接で、弁護士になっても「そのトンチキな格好」を続けるのかと問われ、それに激しく反論して不合格となってしまっている。

その事実を知らせて去るよねの背中を見ながら、寅子は「モン・パパ」を口ずさみ始める。場面はこれまでの同級生たちとの記憶の回想のダイジェストへと切り替わり、寅子による「モン・パパ」が流れる。カメラは、合格祝賀会で心ここにあらずといった感じで座っている寅子に切り替わる。

「モン・パパ」の音声はリバーブがかからなくなり、あたかも寅子の脳内に直接この歌が流れているかのような感覚となる。それが記者の「さすが、日本で一番優秀なご婦人方だ」という台詞で突然にカットアウトされる。