親の自己肯定感の低さは子供にも影響してしまう
日本では、子どもに過干渉し、子どもを思いどおりに支配しようとする、俗に「毒親」という存在が問題になっているとも聞きます。
ドイツでは、日本に比べて毒親はさほど話題になりません。親も子どもも、お互いに自立した関係を築けているからだと思います。子は親を見て育つ、と言います。
子どもにとって、親は最初に接する大人です。親の言動や感情を、子どもは無意識にコピーしていくとも言われています。
親の自己肯定感が低いと、子どももまた自分を否定するような考え方を身につけてしまいかねません。だからこそ親は、子育て中も、「自分の人生」を生きることが大切なのです。
子どもに束縛するような言葉をかけない
家庭の子育てを見ていると、日本の躾ほど厳しくはないとよく感じました。
たとえば、公園で遊ばせていても、いちいちお母さんがそばでピッタリとくっついていることはあまりなく、子ども同士で自由に遊ばせています。
すべり台から落ちるとか、ひどいケガをしない限り、放ったらかしています。
子どもたちは、雨の日にわざと水溜まりに入って泥んこになったり、木登りをしたりと、かなりワイルドに遊んでいます。
秋に、子どもたちが、かき集めた木の葉の中に突進して思いきり葉っぱだらけになっても、お母さんたちは微笑んでいるだけです。
日本では「電車やバスでは静かにしなさい」「幼稚園で大騒ぎするのはやめなさい」「挨拶をしなさい」「礼儀正しくしなさい」など、大人が子どもに強いる教育が一般的です。
でも、ドイツで子育てしてみると、そうした注意をすることがかえって、子どもが自分で考え、自分で感じて、自分で選択して行動する機会を奪っているように思えてなりません。
このことが、子どもが成長してからも、自分の意見を持って、意思決定し、主張するのが苦手になってしまう大きな原因となるのではないでしょうか。
“上からダメ出し”しない私は昔、日本で働いていたころ、上司から「上に馬鹿がつく真面目」と皮肉られたことがあります。たしかに、小さいころから学校や先生、親の言うことをしっかりと聞いて真面目に過ごしてきました。
しかし、真面目さが度を越して、何事にも挑戦できない、常に他人の評価を気にする、いわゆる「他人の人生」を歩むようになってしまっていました。
そんな自分の生き方を、第1章でも書いたように、私はドイツでがんになってからようやく見つめ直しました。
そして自分の子育てでも、親や先生の「束縛する言葉」によって、子どもに他人の目を気にする思考習慣を植え付けるのはやめようと思ったのです。
ドイツで「他人に迷惑をかけるな」と聞いたことがない
ドイツでは、相手に対して挨拶やお礼を言うよう、親が子どもに無理強いするのも見たことがありません。
親や周囲の大人たちが挨拶やお礼を言っていれば、子どもたちはそれを見て自然と身につけていくのです。
「これをしてはいけない」「あれをしてはいけない」、あるいは「これをしなさい」という言い方は、ケガや危険な行為につながるとき以外は、まず使われません。
そういうところは、日本の躾とは大きく異なっていました。また、「他人に迷惑をかけるから」というフレーズを使って、子どもに注意することもありませんでした。日本では頻繁に使われている言葉だと思います。